2019/12/02【ペスト菌】ペスト ノミが媒介 かつて「黒死病」と恐れられ

ペストといえば、アルベール・カミュの「ペスト」ですよ。今日ママンが死んだんだ、太陽が 眩しかった……のは「異邦人」だよ!と一人でボケたりツッコんだりしていますが、このネタはいったい何人の方に伝わるのじゃろう。
いずれにしても歴史的、文学的な響きをもつ単語「ペスト」は現代医学の議論においてはほとんど登場することはありません。ところが、2019年11月になり、中国で肺ペスト患者が2人見つかった、という報道がなされて世間はびっくり仰天したのです。読売新聞も「最も危険な」肺ペストと報じました。
しかし、肺ペストのいったいなにが「危険」なのか、いまいち、分からない。 まず、肺ペストがどうこう言う前に、そもそも「ペスト」とはなにか。
中世ヨーロッパで大流行 多数の死者
ペストはYersinia pestisという菌が起こす細菌感染症です。スイス生まれのフランス人、アレクサンドル・イェルシン(Yersin)さんがペストの原因としてペスト菌を発見したため、このような菌の名前になりました。1894年のことです。
ペストは別名「黒死病」と呼ばれ、中世ヨーロッパで非常に恐れられていました。14世紀に大流行したペストは人口の3分の1を死に至らしめたからです。
ペスト菌に感染したノミに咬まれて
ペストはネズミとノミが媒介する感染症です。感染ネズミをノミが 咬んで、そのノミが人を咬む。ここで感染が成立します。ノミといっても、ご覧になったことがない人もいるかもしれませんが、ぴょんぴょん跳ぶ小さな虫がノミです。シラミやダニは跳ばないのですが、ノミは跳ぶ。覚えといてください。でもテストには(たぶん)出ません(笑)。
このピョンピョンの特技があるため、ノミを跳び踊らせる「ノミのサーカス」というものが実在していました。チャールズ・チャップリンの名作映画、「ライムライト」では、チャップリンがノミにサーカス芸をさせています(必見!)。ちなみに「 蚤の市」というものがありますが、英語では「flea market」といいます。ただ(free)の意味じゃないよ。ノミがわくような古着を売っていたのでこういう名前がついたんですね。
おそらく、ノミが媒介する感染症はこのペストだけではないかと思います。足などをノミが咬むと、ペスト菌が足に入っていき、リンパ管を通って 鼠径部(足の付け根)のリンパ節に入っていき、そこで炎症が起きてリンパ節が腫れ上がります。これが「腺ペスト」です。本当は、リンパ節は「腺」ではないのですが、細かい話はここでは割愛! 要は昔の人の勘違いが今の名前に残っているってわけです。
ヒトからヒトへ感染する肺ペスト
腺ペストにとどまっていればよかったのですが、菌が肺に至ると「肺ペスト」になります。ペストは「腺ペスト」と「肺ペスト」に大別されるのです(他の分け方もありますが、ややこしいのでこれも割愛!)。腺ペストも肺ペストもどっちも死亡率が高いのですが、特に肺ペストは 咳から「ヒト-ヒト」感染するので、流行が広がっていくのが怖いのです。中国の2例も「肺ペスト」だったので流行の広がりが恐れられたのでした。
この2人は内モンゴル出身だそうで、もしかしたら内モンゴルのネズミがもっていたペスト菌に感染し、北京でこれが発見されたのかもしれません。中国CDC(疾病管理予防センター)は、患者はすでに隔離されて、流行の可能性は極めて低いと声明を発表しています。おそらく、中国CDCの見解は正しいとぼくも思います。
話はそれますが(ぼくの話はいつもそれてばかりですが)、アメリカや中国や韓国にある感染症の対策専門機関、CDCが日本にはありません。日本の感染対策の多くは厚生労働省が担当するのですが、専門家集団ではないので、しばしば見当違いな対策や、効果の低い対策になりがちです(この連載でも再三再四指摘してきたところです)。既得権益にしがみつくことなく、プロ集団の日本版CDC(と予防接種システムを作る日本版ACIP)を一日も早く作ってほしいものです。
世界的には多くの発生報告 米西部でも
で、話を戻しますと、この中国の肺ペスト話を聞いたとき、ソーシャルネットワークではかなりパニクったコメントが見られました。怖い、中国行けない、中国からの渡航を禁ずるべきだ、みたいな。
そんなことしなくて、大丈夫。というか、ペストってわりとよくある感染症なんですよ、世界的には。例えば、マダガスカルでは毎年何百というペストの症例が報告されている「ペスト大国」です。
まあ、しかし多くの日本人にとってアフリカの島は遠くて「どこそれ、マダガスカル」みたいな認識かもしれません。
 では、先進国はどうでしょう。例えば、アメリカ合衆国。アメリカでも毎年ペストが報告されています。西部に特に多いです。そのうち2割は肺ペストで、死亡例もあります。もっとも、抗菌薬の治療で現在では大多数の患者は治癒するのですが。
怖いが、パニクる必要はない
ぼくもアメリカでの後期研修医時代、ペストを1例経験したことがあります。ぼくがいたニューヨークにはペストはまれなのですが、サンディエゴからの旅行者でした。手足が 壊死して黒くなり、なるほど黒死病と呼ばれるわけだと思いました。
ペストは怖い。でも、パニクるほどの怖さはない。大事なのは雰囲気やイメージでパニクるのではなく、ちゃんとデータを見ること。アメリカで毎年発生していると知れば、中国で数例見つかったからといってパニクる理由はないですよね。クールに論理的に対応するのが、感染対策の基本です。

ペスト ノミが媒介 かつて「黒死病」と恐れられ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 2017-7-18

    次世代リーダー研修(総合リスク管理兼リーダー研修)

    感染症や食中毒対策、BCP、リスク管理、次世代リーダー育成など、事業の成長と防衛に欠かせない研修をパ…
  2. 2017-8-7

    学術雑誌「医療看護環境学」を創刊致しました!

    学術雑誌「医療看護環境学」を創刊致しました! どうぞご利用ください! 医療看護環境学の目的 …
  3. 2021-4-1

    感染症ガイドMAP

    様々な感染症情報のガイドMAPです 下記のガイドを参考に、情報をお調べください。 感染症.com…
  4. 2021-4-1

    感染症.comのご利用ガイドMAP

    一緒に問題を解決しましょう! お客様の勇気ある一歩を、感染症.comは応援致します! 当サイトを…
  5. 2022-9-1

    感染対策シニアアドバイザー2022年改訂版のお知らせ

    感染対策シニアアドバイザーを2022年版に改訂しました! 感染対策の最前線で働く職員の…

おすすめ記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る