2018/01/14【耐性菌】耐性菌が蔓延し、ついに「抗生物質が効かない」時代がやってくる──研究者と微生物との終わりなき闘い

【耐性菌】耐性菌が蔓延し、ついに「抗生物質が効かない」時代がやってくる──研究者と微生物との終わりなき闘い

抗生物質が効かない耐性菌の出現により、かつて容易に治療できたありふれた感染症が多くの命を奪う事態が現実化しつつある。急速に進化する微生物たちを相手に、研究者たちは被害を最小限に抑えるための方策をたてようとしている。その終わりなき闘いの行方とは──。

1928年、スコットランドで夏の休暇を過ごしたアレクサンダー・フレミングがロンドンの研究室に戻ったとき、科学が自然を支配する新たな時代が始まった。

研究室にあった黄色ブドウ球菌のサンプルが、青カビ(学名Penicillium notatum)で汚染されていた。その部分だけ黄色ブドウ球菌の生育が阻止されていたのだ。

この「ペニシリン」の発見以来、フレミングとその後継者たちが発見したさまざまな抗生物質は、世界中で無数の命を救い、計り知れない苦痛を取り除いてきた。しかし、その最初の瞬間から、抗生物質の時代にはいずれ終わりが来ると、研究者たちは知っていた。

彼らが知らなかったのは、「終焉の時」がいつなのかだ。

ポスト抗生物質時代がやってくる

微生物が抗生物質への耐性を獲得するのは、不可避の自然現象だ。偶然の産物として、数個体の微生物が、薬剤から身を守る遺伝子を授かり、それらが耐性遺伝子を周囲に広める。自らの子孫だけでなく、ときには近隣の個体への水平伝播も起こる。

現在、ようやくデータを手にした計量疫学者たちが、この現象をモデル化するために解析を行っている。だが、誰ひとりとして、こうしたツールをつかって抗生物質時代の終焉を予測しようとは考えていない。終わりはもう来ているのだ。

その代わり、彼らは耐性菌が多数派となるのはいつなのか、それを食い止めるために医師たちに何ができるのかを解明しようとしている。

2013年、米疾病予防管理センター(CDC)の当時の所長トム・フリーデンは記者会見で、「警戒を怠れば、ポスト抗生物質時代はすぐにやってくる」と述べた。それからわずか4年後のいま、CDCによれば、わたしたちはまさにそのまっただなかにいる。

「汎薬剤耐性菌の存在がその根拠です」と、CDCの抗生物質戦略調整班を率いるジーン・パテルは言う。「感染に効く抗生物質がないという、ただそれだけの理由で、少し前までは容易に治療できた感染症で多くの人が亡くなっています」

抗生物質時代の終焉と、新時代の到来

16年8月、ネヴァダ州リノの病院で、臀部に細菌感染を発症した70代の女性が受診した。病原菌は、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)と呼ばれる、非常にしぶとい種類だった。

そのうえ、この菌はカルバペネムだけでなく、テトラサイクリンやコリスチンなど、現在市場に流通している26種の抗生物質すべてに耐性を備えていた。数週間後、彼女は敗血性ショックにより亡くなった。

パテルのような公衆衛生の専門家にとって、この症例は抗生物質時代の終焉と、新時代の到来を告げるものだった。いまや問うべきは、こうした汎薬剤耐性菌がどれだけ早く広まるかだ。「抗生物質で治療できない感染症が、治療可能な感染症を症例数で上回るのはいつなのか。これを予測するのは非常に困難です」と、パテルは言う。

一度その予測に挑んだパテルは、難しさを身をもって知っている。02年、ミシガン州の40歳男性患者の脚の慢性潰瘍から、バンコマイシン耐性ブドウ球菌が初めて発見された。

これは不吉な知らせだった。なぜならブドウ球菌は、ヒトの細菌感染の原因菌として最もありふれた種類のひとつであり、バンコマイシンはその治療薬として最も一般的なものなのだ。

しかも、耐性遺伝子が見つかったのはプラスミドのなかだった。プラスミドは、染色体から独立して細胞質内を漂う環状DNAであり、容易に個体間を行き来する。

CDCの疫学者たちは、パテルら微生物学者たちと共同で、この耐性菌の感染拡大の範囲と速度を予測するモデルを構築した。パテルは当時を振り返り、正確な数字は覚えていないが、ぞっとするような結果だったと話す。

「わたしたちは極めて重大な懸念を抱きました」と、同氏は言う。

幸いこのケースでは、彼らのモデルは杞憂に終わった。02年以降、バンコマイシン耐性ブドウ球菌の症例報告は13件だけで、死者は1人も出ていない。

複雑な要素が絡まり合う予測

予測が大きく外れたことに、研究チームは困惑した。だが、こうした難題は生物学にはつきものだ。

「この細菌は、ラボでは容易に培養できたにもかかわらず、ヒトからヒトへの感染は見られませんでした」と、パテルは言う。その原因は不明だが、可能性として考えられるのが、耐性遺伝子にはコストが伴うというものだ。

耐性遺伝子はブドウ球菌に、宿敵である抗生物質に対抗する力を授ける。だが、まさにそのDNA断片のせいで、耐性菌はヒトの体外では生存困難なのかもしれない。

さらに、病院の診療手順や発生時期、地理的要因なども、感染率に影響を与えた可能性がある。複雑な要素が絡まり合うこうした予測は、まるで気象予測のようなものだ。

「手計算や頭のなかでの思案で答えを出すことはできません。シミュレーションモデルにすべての要因を組み込む必要があるのです」と、ジョンズ・ホプキンズ大学の公衆衛生学研究者、ブルース・リーは言う。

リーはシカゴおよびカリフォルニア州オレンジ郡の公衆衛生部局と共同で、前述したネヴァダ州の女性を死に至らしめた細菌、CREの院内感染が発生した場合、どのような経路をたどる可能性が高いかを予測した。

パテルらによるバンコマイシン耐性ブドウ球菌の感染拡大予測もそうだったが、旧来のモデルでは前提条件はすべて等式だった。極めて複雑ではあったが、そこではヒトの行動、病原菌の生物学的特徴、それに両者と発生環境の相互作用といった要因は考慮されていなかった。

「耐性菌の感染拡大を詳細に予測したければ、無数の異なるシナリオをあてはめることができる、データ重視のシミュレーションモデルを構築すべきだというのが、公衆衛生分野の常識になりつつあります。わたしたちはだんだん気象学者に似てきました」と、リーは言う。

CREの集団感染の源を探る

リーは16年に発表した論文で、オレンジ郡の28カ所の救急病院と74カ所の介護施設でCREの集団感染が発生する可能性について検討した。

そのモデルでは、仮想の各施設にそれぞれ実際の施設と同じベッド数が割り当てられ、施設間のつながりも実データに基づいて決定された。また、一人ひとりの患者は仮想エージェントとして表現され、日によってCRE感染または非感染のいずれかの状態に設定された。

患者であるエージェントは施設内を動き回り、医師や看護師、ベッドや椅子やドアとの接触を億単位で繰り返した。シミュレーションは毎回変数を微調整しつつ、繰り返し行われた。
その結果、感染抑制対策を強化(患者が汎薬剤耐性菌に感染していないか定期的に検査する、感染が判明した患者を隔離するなど)しない限り、10年以内にオレンジ郡の医療施設ほぼすべてにCREが常在化する事態になることがわかった。
しかも、いったんCREが医療施設に侵入すると、根絶はきわめて困難だった。「家のなかのシロアリを根絶するようなものです」と、リーは言う。「すべてがつながっているところにいったん入り込むと、切り離すことのできない生態系の一部になってしまうのです」
だが、誰がCREの感染源になるかを医師や看護師が迅速に特定できれば、少なくとも院内感染の脅威を封じ込めることはできるはずだ。たとえその患者本人に対して、医療従事者ができることはほとんどないとしても。
結論は、悲観的なものだった
いまのところ、汎薬剤耐性菌のヒトからヒトへの感染が発生しているのは、幸いにもリーのスーパーコンピューターのなかだけだ。実世界での症例報告はまだひとつもない。
だが、パテルらCDCのチームは、監視の目を光らせている。もし症例が発見されれば、それは事態が新たな局面を迎えたことを意味すると、パテルは言う。
監視態勢の強化のためにCDCは16年、1,440万ドルを投じて、7つの地域主幹研究施設からなる専門ネットワークを設立し、病院で採取された微生物サンプルの遺伝子検査を効率化した。

また、現在CDCが試験運用しているプログラムがいずれ全面施行されれば、米国内のすべての病院がCDCの監視システムと直結し、深刻な耐性菌の症例をほぼリアルタイムで自動的にフラグ付けすることが可能になる。

一方で、新たな抗生物質の開発にも世界の注目が集まっている。だが、こちらも状況は芳しくない。世界保健機関(WHO)は17年8月、現在臨床試験の段階にある抗生物質について分析したレポートを公表した。

その結論は、薬もイノヴェイションも足りないという悲観的なものだった。実用化を控えた51種の抗生物質のほぼすべてに対し、既知の耐性菌がすでにある程度の抵抗性を示していたのだ。

パテルやリーのような研究者たちが望むことは、いまある脅威を最小限に抑え、新たな脅威の発生をいち早く察知することによって、製薬会社が新薬を開発する時間を稼ぐことだ。

抗生物質の時代は終わった。だが次に何が来るのかは、まだ定かではない。

https://wired.jp/2018/01/14/the-post-antibiotic-era/

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