【感染症タイムズ】社会福祉法人横浜社会福祉協会 理事長 小林進氏

戦後の混沌とした時代において、社会福祉の原点ともいえる宿泊所から事業を開始。日本の社会福祉の歴史と共に歩んできたからこそ見えてくる、日本の社会福祉事業の未来は職員が輝ける環境がキーワード。

今回のお客様

昭和27年に横浜の宿泊施設から事業を起こし、2017年7月現在では職員数約700名、特別養護老人ホームや地域ケアプラザ、障害者支援施設など13施設を神奈川県横浜市と長野県で事業展開されている社会福祉法人横浜社会福祉協会の3代目理事長の小林進氏。
社会福祉施設としては日本でも指折りの歴史の長さと巨大組織です。
小林理事長の事業に対する考えや情熱に感染症.com代表取締役の向田朋之が切り込みます。

感染症.comとの出会いのきっかけは?

出会いのきっかけは東京ビッグサイトの福祉イベントだったんですよね?

そうです、CareTexだったと思います。

小林理事長は何の目的で来られてたのですか?

機器にしても情報にしても何か有用なものはないかなと思ってざっくり見に。

あの時は、仲の良い経営者仲間4社くらいで共同で角ブースを借りて出展してました。僕は自分の事業である感染症対策と別団体で理事をしている海外人材、アスリート人材のコンテンツを出展していましたが、一番来場者を集めたのが海外人材とアスリート人材でしたね。小林理事長が感染症対策のことに興味があると言ってくれたので、やっと自社の本業のお客様が来てくれたっていう嬉しさがありましたね。

あの時は確か、向田さんが先陣きって話かけてくれて、話やすい人だなと思って。

その時は、説明が上手く伝わらなくて、1ヶ月後に理事長にお電話して時間頂いて、再度ゆっくり説明させてもらいましたね。あの時は3年前くらいですかね?

2014年くらいですね。

感染症対策研修もその年じゃなく2年後でしたものね。当時は、理事長が社内体制を新たに整えているところで、特に人材育成に力を入れていく方針でしたね。後は何をどうやっていくかや優先順位が難しかったですね。

そうですね。でも幸いだったのが、まず下地の人事制度とか、本部体制を変えるとか、システムを入れるとか、サーバー入れるとかがちょうど一段落して落ち着き始めて、後はそこにどういうソフトを乗せるかを考えながら歩いていた時期でしたね。

あの時で就任何年目でしたか?

あの時で3年目くらいですね。

やっぱり1年目のときは大変でしたか?

大変だったというより、施設の担当やって、折衝やって、先代の父から僕が理事長に代わって半年くらいで父が他界しましたので、最初はやることはたくさんあるなと。最初半年は様子見で、その上でまず素地である人事制度、会計、事務機能の配分であるとか、やらなきゃいけないよとしゃべり始めたのが就任10ヶ月目くらいですね。それをやるぞと言って、実際変わるまで2年くらいかかりましたので。

横浜と長野、地域も大きいし、高齢者介護・障害者支援施設や在宅もやっていますので、法律が違えば退職金も違うし、地域の傘が違うので大変でしたね。

歴史が長いですし、規模も大きいので、「おりゃーっ」て感じでは変わらないですものね。

昭和27年からスタートして、今従業員数が600〜700名ですから、一朝一夕に変えるってわけにはいかないですね。地域のバランスをとらなければならいですし、職種もそれだけ多岐にわたりますので、職種間のバランスもとらなければならない。何か1個変えるにしても、制度面だけでなく、過去の流れから、若干政治的な動きをしないとならない。理解を得て同意を得なければ人は動かないので、その同意をどうやって組織的に取り付けていくかというのが肝なだけに大変なとこですね。

感染症対策研修の準備の時も、一個一個着実に進めていくような感じでしたね。今年だけの単発よりも継続性のあるステップを踏んでいけるようなものを選んでる感じがしましたね。思い出してみると、出会いから実際のスタートは意外と長かったんだなと思いますね。

そう。だから向田さんにも手間をおかけした面があるかなと思うんですけど、助成金や補助金ありきで決して動きたくないですし、教育であるとかシステムとか一過性にすることは非常にリスクを伴いますので。

感染症.comのサービスを導入した感想は?

実際どうでしたか?感染症対策マニュアルや感染症対策研修、保証設計と導入して頂きましたが。

参加者の数だけ意見がありまして、多かったのが、試験の実施が、、、、笑
みんな非常に緊張したようで。緊張感持てたってことは良いことだと思うし、あとは基本の確認ができたという意見がありましたね。

ただやっぱり、うちの法人として感染症対策についてマニュアルをもとに研修をやっていくという動きが初めてでしたので、どうやって自分達で施設を適応させていけばいいんだろうと。各施設参加者が2名くらいなので全部自分達だけでやらなければいけないんじゃないかという気負いをしすぎた人たちもいて。そうじゃないよと。意欲を持ってくれた反面、意欲とプレッシャーの狭間でちょっと思いを強くさせた者もいるので、そこは緩和させたいなと。

去年と今年で研修受講者の選抜方法も変えましたものね。
今年からはスペシャリスト的な形でいくのかなと打ち合わせの時から感じましたね。

そうですね。ある意味去年は1回やってみようと。方針としては継続するつもりがあるけれど、参加者側の意見も法人内にない状況で未来は開けないからまずはやってみて、講師側の意見と受講側の意見と組み入れて、今年は正式にそれをスペシャリスト研修というものに据え付けて行うという感じですね。

去年の研修受講者は看護師の方から生活相談員、ベテランの方から新人の方など、バラエティー富んでいましたね。

当法人は福祉分野で施設ケアから在宅ケア、13の事業所で幅広く事業を行っていますから、その中で感染症対策には当然気を配り、経験をもとに対応が出来ていますが、その取り組みが施設毎に完結していて知識の集約とそこからの発展をどのように得るかについては悩むところでした。

向田さんに各施設を回ってもらい研修を実施していただいたことで、組織を横断した知識の集約を行う素地が出来たことが大きいと感じています。また、施設は日々の忙しい業務の中で精一杯の感染症予防に努めていますが、知識を業務化する中でどうしても思い込みであるとか、知識と行動の混ざりこみによる不合理というような状況が発生しやすく、そこを研修で整理していただけることが基本であり大切なことだと思っています。

例えば清掃と消毒。向田さんのおっしゃった消毒液で清掃をしがちであるというのは、私が施設で勤務していた時に目にしがちな光景であり、改めて指摘をいただいたときはそこに問題を見出さなかった自分に気付くことが出来ましたね。

今はまだそのきっかけを得始めたところです。このきっかけを定期的に得る機会を作ることが大切だと考えています。

事業を始めたきっかけ・これまでの歩みを教えてください

事業を始められたのが戦後の昭和27年から、、、改めて考えるとすごいですね。
昭和27年からの社史って、、、

もうなんだかんだで60年以上

僕が初めてお邪魔したときに伺いましたけど、はじめは宿泊所だったんですよね?

そうですね、初代理事長は福祉の人ではなかったんですよ。8人兄弟の7人目だったかな。ここの近くの京浜急行の井土ヶ谷って駅の窯元の絵付け職人に弟子入りしてたそうです。昔だから何か手に職をつけなければといので、たまたまそういった技術を身につけようと。ただ昔ですから弟子の身分だけじゃ食べていけないので、その頃その日のお金を得るといえば港の仕事、今でいう荷役、船に橋を渡して荷物担いでやるような仕事をやっていたみたいなんですよね。

でもご存知のとおり戦争があって、窯元も港もやられて、さてどうしようか。。。初代理事長は身体は小さい人けれど、パワーと義理人情に熱い人だったそうで、馬力があった人みたいですね。その頃昭和27年、戦後の戦地から帰ってきた人たちがいる、ただ家も港も仕事もない、家族もいない、という絶望感があったそうです。

困頓としていたのが想像出来ますね。

絶望と困難の中で、横浜の一部では麻薬が出回ってしまったようで、社会問題になっていました。屋根もない食べるものもない。生活のペースもぐちゃぐちゃ、人として生活する気力を取り戻すきっかけを誰かが与えなくてはいけなかったんですよね。

衣・食・住の、住がなかったんですよね。

人らしい暮らしをしなければ人としての尊厳を失ってしまう。準備をするから食べよう、そして屋根のあるところで寝ようと。それをやるためには継続的に資金も必要ですし、人手も必要になるということで組織としてかたちを作らなければならない。さあどうしたらいいか?ということが後からついてきた。

その当時は、宿泊料をもらっていたのですか?それとも行政から補助的なものはあったのですか?

最初は手探りで始めて、その後は宿所提供事業に至るんですよ。宿所提供事業というのが最初の最初の福祉ですよね。行くあてのない人をとりあえず泊めてあげる宿所を提供する事業。そこから財団法人になって救護施設に至っていきました。

当時経営されていた宿泊施設

最初は財団法人だったのですね?

社会福祉法人の枠組みが出来始めた時代でしたが、何しろ創世記でしたから。手探りの中で何かかたちをなさなければならないという事で、初代理事長が手を尽くして見つけたかたちが財団法人だったというだけで、その後福祉事業をするのであればということで社会福祉法人に切り替えたんです。

なるほど、日本の社会福祉の歴史と共に歩んできた感じがしますね。

正直、初代理事長の頃は人も雇わなければならないけれど、お金が無いからサラ金からお金を借りて職員の給料払っていて。。。その金策に走り周っていたと、当時の経理の方は言っていましたね。

すごいな。介護保険法が始まるよりもずっと前の時代ですものね。介護の制度や価値観まだまだ不十分な時代ですよね。

そのご縁なのか、初代理事長は救護施設の全国救護施設協議会の会長を務めていた時代もあるんですよ。日本の福祉を作る時代。介護保険をやるもっと前、日本の福祉をどうするのかって時に初代理事長の名前がありますので、そのことで当法人を知って頂いている方もいますね。

僕も様々な社会福祉法人にお邪魔してますが、ここよりも歴史が古いところは経験がないですね。措置の時代から事業をしている方は多数いらっしゃいますけど。

そうですね。日本でも戦前から女性保護であるとか個人の保護の福祉をやられてて、100年を超える歴史がある社会福祉法人はいらっしゃるというのは知っていますけど。

戦前からと言ったら、社会福祉という概念がまだ無かったかもしれないですものね。

長い歴史における苦労話や失敗談を教えてください

これだけ歴史がありますので、たくさんの失敗や苦労があったのではと思うのですが。制度に基づいて事業内容が求められるなか、現場では当時の制度では救えない人がいたりですとか。こういう狭間をどこかで経験されてきたのではないかと思うんですが。

狭間でいうと、職員の雇用環境ですね。例えば、旧措置時代であれば予算が人件費の分だけつくわけですから、介護保険に変わるとなれば事業収入でやりくりをしなくてはならない。そうすると、旧措置時代に雇用した職員の給料体系をどうするか、法人で考えが変えなければならない時がありました。

そのことに対する理解を経て変化したから今がありますけど、やはり当時は給料が変わるとか昇給制度が変わるとか、その根本に法律がるということはわかってはいるけど、私の給料、、、っていう話しで。ちょうどその切り替えのタイミングが2代目である前理事長の時代で、従業員への説明に相当苦労したと聞いてます。

やっぱり介護が民間に開放された時期、デイサービスが増えましたが、今は締めつけになるんですかね、きちんと経営母体がある事業者しか生き残れないんじゃないかなと。

かつての介護の枠組みは国がつくる、社会福祉法人はそれに対して運営をすればいい、かたちのなかで運営の枠組みでコントロールするという時代がありましたが、今は運営ではなくて経営ですよね、事業収支があっての経営。やはり経営的な枠組みを自分たちで組み立てられなければいけない。その価値観を変えるということは、きちんと築けているかどうか、ということだと思うんですよね。

かつては、一施設のお金を他の事業に使うことはまかりならんという時代があったのですが、でも今はそれをしてない社会福祉法人は非効率的だと。どこで話が変わったのかという話しですけど、ただ経営である以上は予測と対応ですから。うちの法人も現在では13施設を運営していますが、もとは1つか2つでした。それが増えていく過程で、展開を進めることについて福祉法人としていかがなものかと言われたこともあったようです。

難しいですね。現場の利用者の方々が求めるものと、国や行政が求めるあり方、どちらも満たすのは大変な苦労だったのではないかと思います。

しかしながら、これだけの規模と歴史がありますので、横浜市からも色々と期待をされているのではないですか?

色々ありますね、実際はやっぱり困っているんだなっという話とか。
これだけ施設がありますと、僕は色々なところに顔を出しますので、あの時聴いてた話とこの時聴いた話とを合わせて、「つまりこういうことじゃないですか?」っていうと、「実は、、、」っていう話とかですね。こういう取り組みをやりたいと思うんだけど、実効性があるかどうかとか。

申し立てじゃないですけど、意見を交わすだけの実績がお有りですもんね。

施設の数がこれだけありますから、施設長と役所の担当者で地域について話している時に、「理事長、こんなことがあったんですよ」と、僕のところにあがってくるんですよ。そうすると僕は繋げて組み立てることが出来るので、「じゃあ、こんな人材を用意しておかなければいけないかな」とか、「こういうのがあったら考えなきゃいけないな」というのがありますね。

横浜市からモデルケースみたいなことを求められたりすることはありますか?

そうですね、実際お預かりしている事業もありますね。横浜市中区のケアプラザなんですが、寿地区というのがあるのですが、そこに対して健康アプローチですね。他の地区の1.9倍のスピードで要介護度が進んでいるんですよ。

その地区だけどうしてそんなに速いのですか?

どうしても病気を予防する習慣が弱い方が多いんです。血圧が高いけどみんな高いから。ちょっと胸が苦しい気がするけど、みんなそういう時もあるって言う。さらに単身独居の方が多いので、口うるさい家族もいないんですね。そうするとそれがたまりにたまって心不全や脳梗塞を引き起こしたり、腎臓等の疾患となる方が多い。

気がついた時には手遅れ。病院から退院しても要介護3とかになってしまうんですよ。この流れにならないよう看護師と社会福祉士が訪問して、未病への意識を持ってもらえるよう、相談、援助、連携等支援など、とにかく形にとらわれない支援をするという仕事があります。
特定の地域特性による対応するための事業なので、全国的にも例がない取り組みです。という事は前例がありませんので、事業の計画をするのも、予算を成立させるのも非常に困難がともないます。

正直経営という側面で考えると難しい事業ですが、地域の将来にとっては必要な事業ですから、地域と長くかかわってきた法人としてお引き受けしています。

決して黒字じゃない事業も引き受けてらっしゃいますよね。たった一つの地域でもそういうことがあるんですよね。

地域包括ケアシステムという話もありますけど、横浜市のなかでさえ南区と中区では気質も違うし、中区だけで考えてもみなとみらいもあれば寿地区もあるわけで、地域を突き詰めていくと求めているものがバラバラなんです。

そこをどうやっていくか、というのはやはり個別に社会福祉法人が地域と向き合って
考えていくしかないというのが、地域包括ケアシステムだと僕は思ってます。

そうなってくると、目の前に居る方に対して今してあげられることは何だ?って考えられる人材が居て欲しいですよね。

今後の計画や3年後のビジョンなどを教えてください

今おっしゃていたのは総合的な展開ですよね?
総合展開っていうと福祉の世界ではどう見たらいいんですか?

僕がよく話すのは、経営ですからどんなにやってもエゴが出てしまうことです。
エゴかなければ改善はないのですが、ただそのエゴがご利用者様にとってプラスに働かなければいけない。やはり福祉のある部分的、限られた範囲だけしかやっていませんとなると、悪い言葉でいえばそこにご利用者を誘導したくなるんですよね。この範囲のこのサービスを利用してくださいという圧力が自然と生まれる。

やはりそうではなくて、もっと引いた目で、ご自身で自由に生活されていて不自由が生じた時に、「俯瞰的に援助を展開できますよ」、「どんなサービスが必要ですか?」と問うには総合的に事業を展開していなければ問えないですよね。

そうですね。その人らしさって言葉がありますけど、人によって違いますもんね。それしかやってないとそこにはめざるを得ないというか、その人らしさは置いといてって。

学生達が来たらよく話す内容があるのですけど、コーヒーショップとレストランが並んでいて、お腹が空いてる人がコーヒーショップに来ても、コーヒーショップの人はレストランには案内できないでしょ。逆もまたそうです。それっていうのはやはり総合的にお茶も出せるし食事も出せる経営を作るしかないですよね。

私たちが美味しいお茶を提供する仕事だとしたら、積極的にお茶を売るじゃないですか。いくら提携しようと言っても、経営が独立している以上エゴがあるでしょうから、それは真には連携できない。真に連携させるためにはやはり一つの組織が総合的に展開する以外ないだろうと。

人の生活って皆さん違いますからね、価値観も違いますし。

そうですね。価値観が違いますし、ご本人が持っている社会的支援の枠組み、例えば血縁者がいるのかいないのか、子どもさんが居るのか、お孫世代まで続いているのか、居るけれど切れているのか。あとは、極端なことを言えば、家から病院が近いのか遠いのか、道路が坂道なのか平なのか、道路から家まで段差があるのかないのか、玄関開けたら上がり框があるのかないのか、バリアフリーも支援も人によって違いますので。

違いますね。僕もうちと隣の家が同じかって言ったら違いますからね。

特に力を入れている取り組みを教えてください

総合展開というとすごく広くて大きなものをイメージしてしまうのですが、特に力を入れて取り組む象徴的なものはありますか?

一つの壁として考えなくてはいけないのが、やはり人材の確保ですね。

そうですよね、人が人に提供するものですからね。人が人を看るとなると人の確保だったり育成であったり。

我々は福祉なので、介護も相談も人がその場で生み出して提供する以外ないんですよ。
だから向上生産性を高めることはあり得ないわけなんですよね。パターンやノウハウを共有することはできても、人が即時に生み出し即時に消費してもらうとうことですから、人を創り出す努力をしなければいけない。

福祉を積極的に展開する上で人材の採用と育成は要です。特にこまめな福祉を展開するにはそれを担うリーダーや役職者が必要となります。でも例えば学生のうちに担当からリーダーへと明確なビジョンを持つ方は少ないのではないでしょうか?

多くの方はまず目の前の仕事に慣れることに専念すると思います。ですから当法人ではそのような中でも先を見る目や意欲を持てる環境と、それを示す機会を作ることが大切だと考え、取り組みを始めています。

人を創るってことになってくると、人材の育成はどう考えていらっしゃるんですか?

まず一つに、人は人とのコニュニケーションの中でしか絶対に育たないので、コミュニケーションが肝になると思うんですよね。そのコニュニケーションが大切だとわかっていても、コニュニケーションをとれっていうのは無責任なので、今うちの法人としてはそれをどう仕組み化するかということです。

中でも大きな取り組みは「目標支援制度」と「スペシャリスト制度」。

目標支援制度は2年前から運用している人事制度で、自身の目標とそこに至る過程を評価に結び付けます。この運用には目標の設定から過程における努力をサポートする上司職員が大切であり、一次上司職員には毎年コミュニケーションやキャリアサポートの基礎研修を受講生してもらい、二次以上の上司職員にはさらに上位概念であるコーチング理念等の研修を受講してもらっています。

目標というのは、例えばどのような目標を設定されているんですか?

自分で目標を立ててもらうのが基本なんですけど、その人のいるフィールド、等級毎に、求める考課という基本事項があるんです。例えば、初心者であるあなたにはこのラインを期待してます、という内容を与えてあるのでそれをベースにして目標をたてる。

極端なことを言えば、入職したての新人で言えば、元気に挨拶しましょう、ご利用者さんの顔を名前を覚えましょうなど。ですので1年目の職員は、元気に挨拶して顔を名前を覚えて頑張りますって言えば、その職員にとって適切な目標であると。

それが中堅に入ってきたら、専門的な知識を持って委員会等に参加することができる、発言することができるとなれば、その専門知識を得るというのがその職員の適切な目標となる。上司になるとそれを率いる立場になるわけですから、1年間のスケジュールを立てることが適切な目標となります。

うちのサイトにもよく相談が来ますね。介護士や看護師の方が 「自分はちゃんと評価されてないって感じるんです。どこかよい施設を紹介してくれまんせんか?」と。

目標支援制度の肝は、人と人との面談なので、人が人を評価する以上エラーをゼロにはできないんです。うちの法人もかつてやったミスなんですが、評価をする側になった職員に、評価とは何か、育成とは何かというのを教えてない時代があったんですね。そうするとやはり自分個人の価値観で育成をしてしまうというのがエラーとしてありました。

今は目標支援制度に基づいて、人の評価をする、人の目標を聞き取る、アドバイスする人は、1年に1回以上必ず研修があります。それも、初心者・振り返り・上級者とういかたちで。

介護としてはベテランかもしれないですけど、人を評価する上ではあなたは初心者ですよと。

そうなんですよね。それでつまづいてる職員が多くいまして。評価者によって評価がばらつくというとこですよね。

もう一つが昨年から開始したスペシャリスト制度。感染症対策もこのひとつですが、職務の中で経験を有し、次のステップを目指せる職員を対象として業務の中で専門教育を受講する機会を法人独自に設け、参加者を認定する仕組みを始めています。

目標支援制度が入社してから定年するまでの永続的なスキームだとするならば、スペシャリスト制度というのはある一定の段階に達した職員について次の殻を破るきっかけであるとか、向上するような方向性を提供したいと思っています。

得意分野はとことん伸ばせみたいな。

そうですね。得意分野を伸ばす職員もいるでしょうし、逆に苦手だから突っ込むとこもあるかもしれないけれど、僕が思うには社会福祉法人で介護をやってる職員は実は多くのことを知りたがってるんですよ。知りたい、理解したい、もっと良いケアがしたいと。

あとは感染症のことにしてもリスク対策にしても知識が多岐に渡っているため、自分はどの方向でどう学べばいいのか、迷っているままただ時間がずっと経過してしまう。それが中堅職員に発生しやすいんですよね。

そういった職員に対して法人として分野毎にスペシャルな知識についてこの方向について学べばいいんだよ、研修に参加して分かっているとこは安心しなさい、ただわからないことが出てくるでしょう、でもそれは悪いことじゃない、ここで学べばいいんだから、と。
そういうきっかけとして機会を与えて次のステップにいきたいという意欲であるとか、やってきたことは間違ってなかったという自信、でもやっぱり穴があったっていう、自信と補足という目線を得てもらう。

将来的には感染症・リスク・事故対策、様々な分野を含めた多角的な人材になってほしいですが、いきなり多角的になれと言っても無理ですから、ある一定の時点でピースを与えていく、きっかけを徐々に与えていく、それがスペシャリスト制度かなと。

僕がスペシャリスト制度で非常にいいなと思ったのが、僕は感染症の分野をやっているじゃないですか。ご存知の通り感染症対策って範囲がめちゃくちゃ広いんですよ。ただ、そのお仕事で本当にポイントになる部分ってあるじゃないですか。せっかく感染症対策のことを学ぼうと思って自分で学ばれてもいいんですけど、ポイントを間違えていたり、見ている情報が古かったりすると、すごい時間をロスしちゃうと思うんですよね。

教える側からすると、皆さんが事業や生活で必要な領域の少し広めぐらいを講義でやってるんですね。「ポイントはここですから」というのを、限られた時間で凝縮して伝えますので、こちらに任せて頂いたほうが効率がいいなと思っているんですね。

難しいことを結構想像されがちなんですけど、日常にあるちょっとした、「そこだったの?」っていう。集団感染が起きる時も意外と日常のちょっとしたことに気付けたか気付けなかったかとうことも多いんですよね。

向田さんから教えてもらって一つ印象的だったのが、消毒しなきゃいけない、清掃しなくちゃいけないっていうと、洗浄剤ではなく消毒液で清掃をしてしまう。知識としては消毒薬に洗浄効果は無いことを知っていても、業務とくっついた時にルーティンになるわけじゃないですか?

ルーティンになる時に微妙なエラーが混ざるんですよ。でもそれがみんなやってるんで、「もしかしたらおかしいので?」と思う職員はいるのかもしれない、でもルーティンだからと日々忙しいですからね、それをやってくうちに疑問が消えてくんですよ。そのうち気づく瞬間がなくなる。だからそれを研修として「それは違いますよね」と言われた時に「あ、そういえばそうだった、、、」っていう。

そうですね、意外と皆さん、薄々おかしい気がすることはずっと残っていて、だからなのか研修が終わった後にすっきりされてる方が多いですね。

あとは、いい意味でも悪い意味でも、型ができあがっていると、型に疑問を持たなくなってしまうんですよね。その型が正しければいいんですけれど。人はみんながやっていることを正しいことだと捉えるものです。現場で疑問に感じても衛生管理のルールを変えるのは意外と難しいんですよね。

今後、スペシャリスト制度は多角的にという言葉がありましたけど、去年から感染症対策スペシャリストを導入して、今年からはリスク管理スペシャリストを増やしていくという計画ですよね。今後はもっとスペシャリストやエキスパートを増やしていくということで。

そうですね。例えば、食事介助・栄養、あとはリスクのとこに入れてもらってますけど、記録など。あとはコミュニケーションスキル、ご利用者に対するコミュニケーションスキル、後輩指導というスキルもあるし、家族説明というスキルもある。

実は介護のなかで一番エラーが起きやすいけれど大切で、みんなできると思い込んじゃってるのがコミュニケーションスキルなんですよね。

もう一つは介護以外の分野、相談指導というとこだと、法制度の理解や請求、そうするとパソコンが入ってきますよね。

そうですね、管理的な業務ですけど必須ですよね。職員の方からすると、いろんな知識やスキルをこの法人のなかで選べるような。普通だと、自分のやりたい道を変えようとすると、会社を変えるようになってしまうことも、横浜社会福祉協会様でしたら施設長を目指すも良し、管理本部も目指すも良し、その分野のエキスパートを目指すも良しといった感じですね。

キャリアのお話しとしては職員の中で、最初はデイサービスのアルバイトで入って、デイサービスの正職員になって、ケアマネージャーになって、今はケアプラザの所長になっている職員もいますし、事務あがりで施設長になっている職員もいますから。
長野と横浜の両方の経験をもっている者もいます。
法人のなかでそういう育成ができるっていうのは、大きな強みだと思います。

そうですね。総合展開されてる分、この法人のなかで自分の道を選ぶことも変えることもできますね。変えても経験を活かしていけますものね。

そうです。それに、在宅や施設一本よりも良い面があると思うんです。施設のことがよくわかってるケアマネージャーもやっぱり強いんですよ。施設のなかの意思決定の流れを全て知ってるので、家族に対してそれをしっかり説明できるんですよね。

ケアマネジャーあがりの施設長も、地域においてどういう困り事が存在しているのか、そこについてケアマネージャーがどういう意思決定にいるのかとか、あの地域だったらどの病院は何が強いとか、あの地域だったら皮膚科が強いとか。

やっぱり一つの分野よりも複数の専門的な知識や経験を持っている職員のほうが、直接的にも間接的にも強みが出ますね。

視野が広いし経験もありますしね。

鶴見のワークトレーニングハウス、就労移行型支援施設なんですけど、そこの次期施設長が横浜市の地域ケアプラザに異動したことがあります。地域ケアプラザに行った事によって障害と高齢の人が地域のなかのでどういうバランスにいるのか、地域がどういう人が援助しようとしてるのか、そこの役所がどう関わっているのかがよくわかるようになった、ご利用者の環境を俯瞰的に理解して支援を計画することが出来るようになったと本人も言っています。

社内でジョブローテーションもできますよね。

もちろん、介護は広くて深いですから一つの仕事を突き詰めることも大切です。とにかく直接支援が大好きで、その毎日にやりがいを感じる職員もいますし、そこからリーダーや役職なっている職員もいます。組織においてはバランスが大事です。

福祉って枠組みで考えると、いろんな能力があっていいんじゃないかなってお考えなんですよね。当然外しちゃいけないベースはあると思うんですけど。

そうすると欠かせない人材を作るっていうのがテーマなのかなと思うんですけど。

そうですね。人は育てるものだと思ってるので、資格があるといいといいますけど、確かにそれがなくちゃできない仕事もありますが、ただ資格も時には毒になる時があるので、自分は知ってる、分かってると思うことが介護にとっては一番危険なことじゃないですかね。

だから自分はまだまだ勉強しなくちゃいけない、目の前の人により良いことをするには自分は何をしなくちゃいけないのか、何を勉強しなくちゃいけないのか、という心だけもっていて欲しいですね。それを思ってさえすれば、あとはやりながら今後勉強してもらえるますので。

勉強する環境だったり評価する環境は、もう理事長のほうで構築していますものね。

そう、それを作るのが経営なので。

なかなかないですものね、これだけ多岐に事業が広がっている法人。ほとんどの社会福祉のお仕事に携われますものね。

そうですね、おかげさまでこれだけの幅を。
あとはこれからの時代、こういうサービスが要るんじゃないかと、考えて立ち上げることを志すような出てきてくれればありがたいですね。

そうなると経営企画の分野ですね。

そうです。だから現場を経験して、いろんなサービスを知って、こことここの間でこういうサービスがあるべきだと思うと。ただ言うは易しですけど、そこに対して経営的感覚が持てるかどうかもありますが、そういう発想力を持つ職員が一人でも多くなれば心強いですね。

そうですね、発想を出して欲しいですよね。当然経営判断は理事長がされますし、そういう発想が出てこないと、どっかで現状維持。今の時代でいうと現状維持は衰退と言いますからね。

そうだと思いますよ。会社組織や景気も若干右肩上がりのほうが並行である、並行は右肩下がりというじゃないですか?やっぱり人間と同じですよね。新陳代謝をしなければ弱くなっていきますで、新陳代謝をするということは、何かを壊して何かを作らなければいけない。その何かを壊す時に、壊すことと作ることを丁寧に慎重にやらなければいけないということだ思うんです。

現場からの意見で出来たサービスは、発案者である職員も頑張りますものね。やれ!って言われたことじゃなく、やりたいっていうことですから。

年1回のパシフィコでの福祉事例発表大会というのがあるのですが、去年はうちの南太田ホームが優秀賞を受賞したんですよ。夜間のオンコール基準を作るというテーマです。発表する職員が自分たちで考えて作ったんですね。手間暇も掛かったけれど、できたものは非常に良くて、受賞してからは色々な事業者から聞かせて欲しいと。

このことは施設の力にもなるし、その人材の成長する力や実感にもなりますし、そしてその取り組みが地域に認めらるっていうのがうちの法人の力になると思うんです。

理事長としては、チャレンジをしてくれるような人材も欲しいってことですよね。

そうですね。そんな大きいことでなくても構いません。今のサービスなかで色々な方を受け入れをしようとしたら、いろんな価値観をもった人が必要ですね。

既存のサービスのなかではできない何かが出てきますから、新たなサービスを考える努力やチャレンジをして出来る人材が出てくることが望ましいですね。

スペシャリスト研修や感染症研修を受けた職員が、自分たちの施設に帰ったときに、あり方を1回見直したいとか、それを踏まえたこれを作りたいとかいう発信をもって、みんなと連携をつくり、巻き込む。それは小さな変化かもしれないですけど、それがご利用者のケアに対して良い影響がでる、こういう葛藤・苦労と成功のプロセスをもってもらうっていうのも、一番大切なことかなと感じます。

現場で何かができないと文句を言っているよりは、どうしたらできるんだろうと前向きにチャレンジしてもらったほうが、仮にそれができなかったとしても、考えるプロセスっていうのが大事ですものね。

大事ですね。考えることと、実行すること。ダイエットでも勉強でもそうですけど、頭のなかでそうなったらいいなと思うことはたくさんあっても、実際に動かすことが大切。動かすことが力になる。

そういう職員が減ったよねっていう言葉が最近よくでますが、最近減ったよねではなくて、組織として動作に起こせる環境を作ることを考えるべきだと思いますね。

僕は、やってみて失敗してが多いんですけど、サービスコンテンツも10個中2~3個は残りますね。やらないと始まらないですからね。このインタビュー企画も理事長と話しをしていて、やってみようかなと。そしたら始まってしまったので、やるしかないなと。。。笑

これだけ職員数や施設数の規模があるので、法人内でコンテストとかできそうですね?

もう既にやっていますよ。年に1度、発表大会ということで、先ほどのパシフィコで行っているものを、うちの法人版としてやっているんですよ。というのがうちの事業分野って高齢とか障害とか広いでしょ、どうしてもおおやけの仕組みでは分野として分けられちゃうんですよ。

ですので、共有する場というのをどうしたらいいかと考えて、自分たちで作ってしまおうと考えました。

職員が700人もいると普通の小学校並みですからね。

去年優勝したのは地域ケアプラザの部門。2年前は長野の霧ヶ峰でしたね。
評価をするのが身内だけですと価値観が偏ってしますので学校の先生や地域の福祉関係者の方をお招きしています。僕の評価も入れますけど、外部の先生の評価も入れて。だから、僕もどこが優勝するかわからないんですよ。そうすると長野の施設は、毎年冬はこのぐらいの気温になるという話もあって、当然ですけど横浜はそういうことは知らないじゃないですか?身内はそんな環境で働いてるんだなって知る事にもつながります。

確かにそうですよね。僕も行かなければ、あそこの環境は わからなかったですから。

あとは、みんな工夫してるんですよね。いろんな工夫をして努力もしているんですよ。でも、介護の仕事って日々改善して努力することが当たり前といったら当たり前の仕事なんですよ。当たり前すぎて流れちゃうんですね。とっても良い取り組みでありますので、「僕が・私が発案したんです、みんなで苦労してやったんです」って言おうよって、それがとっても良いものなら、「とても良いね」って言おうよ、というのが基本的な発案ですね。

コンテストで優勝しなくても、自分たちの取り組みを整理する意味でもいいですよね。

そうですね、起承転結をつくらなければいけないですから、そういえばどうしてこれをやっていたんだっけ?と振り返るんですよね。当然発表するってことは、その取り組みがどういう効果を生んだかっていうのをみんなに聞かなければわからない。そうすると、取り組みにおける抜けていた点とかが出てきたりするんですよ。そうすることで、そのままいってしまっていたであろう問題をとり返せてたりするんですね。

そうですよね。整理してみたら、もっと良いものになっちゃったとか。

そうそう、なんか次の課題が見つかってしまったといった。

そういう発表するって大事ですね。ブラッシュアップ出来ますよね。

発表大会やりますよって言葉の中に、振り返りの効果もあれば、その職員を評価・認定してあげるっていう効果もあれば、地域の方に来ていただくことで運営の工夫を見てもらいながら透明性を確保するとか、広報の効果とか、いろんな効果が発生するんですよ。取り組みは1個なんですけど。

施設の数があれば、それだけの話を聞けて、「これはうちの施設でもできるよね」ってなりますものね。

「あ!そっか!」っていう事がよくあったりしますね。

毎年いつ頃やってるんですか?

毎年10月にやっていますね。
みんなが夏休みをとってひと段落した頃ですね。

まさかコンテストをやっているとは思っていなかったので驚きました。
やっていてもおかしくない規模ですものね。

僕が就任1年目の時に「発表大会やろう」って言ったんです。もちろん各施設長に丁寧に説明して。

現場の職員が輝ける日でもありますものね。

最初は結構大変だったんですよ。発表者も準備をしなくてはいけなかったですし、結構施設のパワーを使うんですよ。最初は、「理事長大変なんですけど」って言われましたけど、やってみたら良い機会ですねって。もう2回もやりましたので、毎年やるのが当たり前になってます。

理事長に就任されてから色々を変えていったのですね。

変えましたよ。もう風呂敷ばっか広げるから周りが大変。事務局が一番文句があると思いますね。

僕は働く方々にいろんなチャンスやきっかけをつくってらっしゃると思いますね。
こういう機会のない法人で働いていたらずっと同じ環境ですものね。

一流企業であっても取締役の任期は5年とかじゃないですか。交代も必要かもしれませんが、自分の間は穏便にって考えることもあり得ますよね。
僕、ずっと責任を負わなくちゃいけないので、なんであの時あの時点で手を打たなかったんですか?って僕が僕に聞かなきゃいけないし、手を打たなくてはいけない。
一つ強みだなと思うのが、若くして理事長に立ったことで、「理事長若いから何かいろいろとやりたがるんだよ」っていうのがいろんなところへの免罪符なんですよ。

そうなんですよ。そういう会社の風土があるって重要ですね。

そう、そういう風土があるとみんなが協力しようと努めてくれる。僕が頑固だってことも知っていますので。施設長と言い合っても「僕は引かん!」と言い出したら引かないっていうがわかっているので。検討では意見も文句もたくさん聞きます。でも決定して共有したものは絶対に進めてもらう。これが僕のスタイルですから。

そのほうが周りの職員も、ここに向かって進むんだなってなりますからね。

決定したことがブレてしまうと人は動けませんから、決めてからはブレないことが大切。意見を聞くときと、決めて実行するときの違いは、はっきりしている方がいいですね。

組織が大きいですから、色々な苦労があるんですね。目の届く人数ではないですからね。

関わる範囲も広いですし、おつきあいもたくさんあります。でもその分得られる力もたくさんありますからね。職員の頭数も多くって、目の数も口の数もそれだけあったら、大変ですけど、それだけ見てもらえるし、しゃべってもらえますので。

最後になりますが、読者へのメッセージをお願いします

感染症.comは昨年実績で年間40万人以上の視聴者というか利用者がいまして、恐らく殆どの方が医療や福祉に関係する方だと思われるのですが、中には一般の方々も見ていると思いますので、そんな読者へメッセージをいただけますか。

福祉は時に自分から遠い世界の話であるように感じるかもしれませんが、誰もが赤ん坊のころは助けを得て生きていたことからわかるように、誰もが経験したことであり、誰もがそれを受ける立場になる可能性をもっている身近なものです。

福祉は手助けを仕事にするので、駅で困った人に声をかけることと同じ様にちょっと躊躇しますが誰でも始めることが出来る仕事です。でも同時に福祉には絶対の正解というものがあり得ませんから、突き詰めるには長い時間がかかります。

例えばどんなにベテランになって、多くの経験を持っていても過去に援助した人とこれから援助する人は当たり前のことですが別人です。ですから介護はベテランも新人も常に一緒に考えなければいけません。親や友達とのコミュニケーションと同じで大まかなパターンは予測できても正解を用意しておくことは出来ないんです。

当法人には様々な職員がいます。専門学校で勉強してきた、大学で経済学を学んできた、ホテル業から転職してきた、IT業界から転職してきた、公務員から転職してきた、事情があって一時的に仕事から離れていた、そんなみんながそれぞれの個性や立場で考えて福祉を続けています。

自分にも出来るかもしれない、そんな風に思う方はぜひ一度当法人をご覧いただけたら幸いですね。

ありがとうございます。僕が思ったのは、この業界で働く方は、はじめは介護や福祉に色々な思いがあって、この業界を選ばれると思うんですよね。ただ、働いていく中で法人の限界に直面することがあると思います。ところが、横浜社会福祉協会様では色々なことにチャレンジすることができますよね。

もっと新しいものを吸収したい方とか、知識を深めたい方とか、以前の職場では意見をあげることができなかった方には、是非一度足を運んでみてもらいたいと思いますね。

うちの法人でも、何か改善のアプローチがあったとして、全部できるわけではないですし、時には歩みが遅く見えるかもしれないですが、それは介護を丁寧にやる為であるということであって、やってみたいとか、こうしてみたいって発想を持ち続けていただけることが一番大切かなと思います。

この間、介護業界の退職理由をリクルートさんとお話ししてて感じたのが、意外とそういうことだったりするんですよね。待遇や給料ではない。志が途中で「何か違うぞ、、、」となり、介護に対する不満ではなく職場の環境に限界を感じる方が多いみたいですね。

人の育成ですからね。常に種をまいて、もしかしたら10年後に向けての種まきかもしれないですけど、スペシャリスト研修がきっかけだったんですよって話とか聞けたら僕はそれが一番嬉しいですね。

本日は、お忙しいところありがとうございました!


小林 進(こばやし すすむ)
社会福祉法人横浜社会福祉協会 理事長
所在地:神奈川県横浜市南区中村町5-315
連絡先:045-251-5907
企業URL:http://www.yoko-fukushi.or.jp


向田 朋之(むかいだ ともゆき)
感染症.com 代表取締役 感染症対策コンサルタント
企業URL:http://www.kansenshou.com
趣 味 :ハワイアン雑貨の収集、日本にある世界遺産巡り
略 歴 :神奈川県出身。父は警察官、母は保育園の園長、弟は小学校の教員。法政大学工学部を卒業後、新卒で情報通信系商材の大手営業販売会社に就職。経営戦略事業部長を経て、当時の同僚達と起業。衛生用品メーカーの本部として販売代理店の営業支援を受託し、支援業務の一貫として感染症対策セミナーを企画し事業化へ。お客様の様々なニーズにお応えするために事業を拡張し続け、現在の感染症.comへと至る。

コメント:現在、感染症.comのWebサイトには年間40万人以上が訪れており、この分野では最もアクセス数の多いサイトへ成長しました。また、感染症対策の講師として行政機関や企業様からご依頼頂き、これまでに3,000人以上の方々に感染症対策研修を受講して頂きました。これからもお客様のニーズにお応えできる感染症.comであり続けたいと思っております。どうぞお気軽にご相談ください。

ブログ :コンサルタントの視点が解る感染対策ブログ
書 籍 :現在、執筆活動中
取材協力:各局報道番組への資料提供ならびにコメント等


ライター:江川 くみ
取材:2017年7月10日

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