2022/09/06【カンピロバクター:食中毒】細菌性食中毒・カンピロバクターの正体!「新鮮だから大丈夫」が通用しない理由

人類誕生から現在まで、人の死因の累計第一位は感染症であることをご存知ですか? 感染症を引き起こすウイルスや細菌などの病原微生物(病原体)は、その小さな体と限られた遺伝情報量の中に、ヒトなどに感染して自らの子孫を効率よく増やして広めるための、巧妙で狡猾な生態を持つものばかりです。
「敵に勝つには、敵を知ることから」ーーシリーズ【感染症の病原体 プロファイル】では、そんな病原体たちの「見事な」までの戦略、生態を、『最小にして人類最大の宿敵 病原体の世界』を執筆された微生物学者の旦部幸博さんと北川善紀さんの解説でご紹介します。
まずは食中毒菌のカンピロバクター。食中毒は、しょっちゅうニュースでも耳にする、もっとも身近な感染症ともいえます。まだまだ気温の高いこの時期は、注意しなくてはならない、やっかいなものです。食中毒を起こしている病原体はいったいどんなものなのか、その正体に迫ります。

■トップに登りつめた食中毒菌

「今、日本でいちばん多い食中毒の原因菌は腸炎ビブリオだ」……私が学生だった頃、微生物学の講義でそう教わりました。1980年代末の話です。
「腸炎ビブリオは海水に生息する食中毒菌で、日本には刺身や寿司など魚介類の生食文化があるからだ。しかし……」と、教授が続けて言った、こんな言葉が今も頭に残っています。「欧米ではカンピロバクター食中毒が多い。日本でも増えていて、いずれトップになるだろう」
この先生の予言(? )どおり、21世紀に入ってからずっと、日本の食中毒発生件数のトップクラスに位置しているのがカンピロバクター Campylobacter です。1990年代後半に出現したノロウイルスや、2013年に独立集計がはじまったアニサキスと、首位の座を争っていますが、細菌の中では文句なしの第1位。コロナ禍での外食減少で、現在は年間150件程度ですが、それまでは毎年300件以上の食中毒が発生し、2000人以上の患者が出ています。
カンピロバクターは、生物分類上の「属」に当たり、現在41種が知られていますが、このうちヒトに感染して食中毒を起こすのは、カンピロバクター・ジェジュニ C. jejuni とカンピロバクター・コリC. coliの2種です。以下、本記事では特に断りのない限り、この2種を指すものとして説明します。
カンピロバクターはグラム陰性菌の一種で、0.1×1~10μmほどの菌体が1~3回ほどねじれて、らせん形になった「らせん菌」と呼ばれるかたちをしています。
らせん菌の中では、回転数が多いスピロヘータと、一回転未満のビブリオの中間に位置する「スピリルム」というタイプです。菌体の両端に1本ずつ鞭毛があり、その回転力を利用して菌全体を「コルク抜き」のように回転させながら、比較的粘度の高い溶液中でも力強く遊泳します。
カンピロバクターの運動。菌体(赤)の両端に1本ずつ生える鞭毛(緑)を回転させて、粘液の中を泳ぐ(https://journals.plos.org/plospathogens/article? id=10.1371/journal.ppat.1008620より)

■生育環境がちょっと変わっている!?

ヒト病原菌の中では、胃炎や胃がんの原因になるピロリ菌と近縁ですが、カンピロバクターは胃酸を中和する酵素(ウレアーゼ)を持たないため、胃では生育できない点が異なります。本来はニワトリ、ブタ、ウシなどの腸に生息する常在菌の一種で、なかでもニワトリに多く、その体温である42℃の環境を好みます。
また、空気中の酸素濃度(約20%)よりも低酸素(3~10%)、かつ炭酸ガスがやや多い環境を好みます(微好気性)。このため専用の炭酸ガス培養装置や、密閉したびんの中でロウソクを燃やして酸素を減らす「ロウソクびん培養法」などの独特な方法で培養される、ちょっと特殊な病原菌です。

■カンピロバクター食中毒のメカニズム

カンピロバクター食中毒(カンピロバクター腸炎)は加熱不十分な鶏肉など、生菌が混入している食品を食べて発症する感染型食中毒です。
わずかな菌数で感染するのが特徴で、標準的な食中毒菌の発症菌数が100万個であるのに対し、カンピロバクターではたった500個。他の菌なら食材を放置している間などに増えてようやく発症菌数に到達しますが、カンピロバクターの場合は、少数の菌がいる部位がたまたま加熱不十分になっただけでも感染が成立します。新鮮な鶏肉でも食中毒が起きるのは、このためです。
生肉を切った包丁やまな板を介して生野菜を汚染したり、ときには患者の排泄物から感染するケースも見られますが、実際には感染源の特定が難しいことがよくあります。
その理由の1つは、この発症菌数の少なさです。食品のごく一部分に増えた菌だけで発症し、残った部分には菌がおらず、肝心のところはすでに全部お腹の中……なんてことも珍しくありません。

■遅い増殖スピードが、足取りを追いがたくする!?

もう1つの大きな理由は、この菌の増殖スピードの遅さです。カンピロバクターは1回の分裂に2~6時間かかり(大腸菌の場合は約20分)、感染してから実際に症状が現れるまでに1~7日かかります。この潜伏時間の長さのせいで、いつの食事が原因だったかがわかりにくくなるのです。試しに、この1週間で食べた食事のメニューを思い浮かべてみてください……3日も経つと記憶が怪しくなりませんか?
いずれにせよ、感染が成立するとカンピロバクターは腸の上皮細胞の表面に付着し、細胞内に侵入して粘膜上皮にダメージを与え、激しい腹痛や下痢などの腸炎症状を引き起こします。特にその腹痛は激烈で、いちど経験した人は二度と味わいたくないと、口を揃えるほど。下痢は腐敗臭のする水様便で、血便が混じることも多く、発熱や頭痛がでることもあります。
腸炎を起こす分子メカニズムは十分に解明されてはいませんが、他の食中毒とは異なる点がいくつか見られます。
カンピロバクターはヒトの腸内で胆汁酸と触れると細胞内に侵入するための病原因子を作りますが、サルモネラや大腸菌など、他の食中毒菌がアクチン繊維の構造を変化させるのに対し、カンピロバクターだけはアクチン繊維ではなく微小管を利用して細胞内に侵入するようです。

■カンピロバクターが作りだす毒素

また、カンピロバクターが作りだす毒素も見つかっています。
Cdt(Cytolethal distending toxin 細胞致死膨化毒素)というこの毒素は、A・B・Cの3種類のタンパク質からなる複合体(AB2型毒素)で、Cdt AとCdt Cが標的細胞の表面に結合して細胞内に取り込まれた後、活性本体であるCdt Bが核内に移行して宿主のDNAを切断し、細胞増殖を停止したり、アポトーシスを引き起こします。腸管細胞への侵入と、この毒素の作用の両方が合わさって、腸炎症状が現れるのだと考えられます。
実はこの毒素はカンピロバクターだけでなく、大腸菌の一部や赤痢菌、性感染症を起こす軟性下疳菌(なんせいげかんきん。Haemophilus ducreyi)、歯周病原因菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)など複数のグラム陰性菌の間で、種の壁を超えて存在します。ただし、これらの菌が一体どのような経緯で共通の毒素を持つに至ったかはよくわかっていません。

■食中毒寛解後にやってくる”別の病気”

カンピロバクター食中毒では一週間ほど症状が持続しますが、ほとんどの場合は(免疫不全者を除いて)そのまま治ります。ただし、この菌が厄介なのはここからです。カンピロバクター食中毒の1~3週間後にギラン・バレー症候群という別の病気を発症することがあります。
最初は下肢に力が入らなくなり(弛緩性麻痺)、急速に上方へと進行して歩行困難や四肢の麻痺、呼吸筋麻痺などを起こします。軽症ならば数週間で回復に向かいますが、15~20%が重症化、2~3%は死に至ると言われています。
ギランバレー症候群の原因はカンピロバクター以外にも、マイコプラズマという細菌やジカウイルスの感染、ワクチンや抗菌薬、抗がん剤の投与など複数にわたり、完全にはわかっていません。ただし、その30%程度にはカンピロバクターが関係していると推定されています。

■カンピロバクター感染とギランバレー症候群の関係

どうして、カンピロバクター感染がギランバレー症候群につながるのでしょうか?
そこにはこの菌が持つ、ヒトの免疫をごまかす仕組みが関係しています。カンピロバクターを含むグラム陰性菌の仲間は、細胞の表面にリポポリサッカライド(リポ多糖)という、糖鎖の付いた分子を持っています。しかしカンピロバクターの場合、他のグラム陰性菌と比べて、その糖鎖が短いという特徴があります。
このことから、リポ「ポリ」サッカライド(LPS)ではなく、リポ「オリゴ」サッカライド(LOS)と呼ばれますが、じつは、この糖鎖の一部がヒト神経線維の表面を覆う「髄鞘」に存在するGM1という糖脂質(ガングリオシド)の糖鎖と共通なのです。
つまりカンピロバクターは、自分の菌体表面をヒトと同じ糖鎖でカムフラージュすることで、異物として認識されにくくしていると考えられます。
ところが……ヒトが生まれつき持つ分子なので高い確率ではないのですが……カンピロバクターに感染すると、菌を排除しようとしてGM1に対する抗体が大量に誘導されることがあります。そして食中毒が収まった後、この抗体が、勢い余って、自分自身の神経を異物だと誤認して攻撃してしまうのです。
その結果、神経線維の髄鞘が破壊されて、脳からの信号をうまく伝えられずに麻痺が生じる……こうして生じる自己免疫疾患が、カンピロバクター感染後のギランバレー症候群だと考えられています。

■グルメ情報には要注意

現在、日本におけるカンピロバクター食中毒の主因は、鶏肉の生食によるものです。特に最近は、グルメ雑誌やテレビ番組などが無責任に「レア状態が美味しい」と鶏肉の刺身(鶏刺し)やたたきを安易に取り上げることが増え、「新鮮なら生食できる」と衛生面を無視した誤情報が広まっています。
ただし、これらは本来「加熱用」として売られている鶏肉を、生で食べる行為です。なぜなら、そもそも鶏肉には国が認める「生食用」の規格基準がない……言い換えると「生食用鶏肉」というもの自体、全国的には存在しないのです。
例外として鹿児島県と宮崎県だけが、独自の生食用のガイドラインを設けています。この南九州二県では、鶏刺しやたたきが伝統的な郷土食であるため、何とかその食文化を守ろうと厳しい衛生管理を行っていますが、それでも食中毒防止の観点からは十分と言い難いのが現状です*。ギランバレー症候群の問題さえなかったら、もっと折り合いが付けやすかったのかもしれませんが……。
例えば2021年末に宮崎市は、飲食店向けに幼児や高齢者への提供を控えるよう呼びかけたり、市民もなるべく食べることを控えるよう呼びかけるなど、苦慮の様子が伺えます。参考:【緊急のお知らせ】鶏肉の生食を原因とするカンピロバクター食中毒について
鶏肉を生食用にすることは、どうしてそんなに難しいのでしょう? まずニワトリの場合、ウシと比べて小さくて「中心部分に菌がいない大きな塊肉」を取れないこと、解体処理の工程で菌を含む臓器と筋肉部分の接触を防ぐのが難しいことが挙げられます。また、カンピロバクターの発症菌数の少なさが、この困難に拍車をかけています。

■なお謎に包まれている「少数で感染成立」のしくみ

実を言うと、なぜカンピロバクターが少数でも感染可能なのかは、よくわかっていません。一部の菌株から胃酸に抵抗するためのpHストレス応答遺伝子が見つかっていますが、それ以外の菌株もストレスが加わると「コッコイド」と言われる球状のものに変化することが報告されています。
これは、一部の細菌に見られるVBNC(viable but not culturable, 生きているが培養できない)と呼ばれる耐久型の状態です。もしかしたらカンピロバクターは、生肉にもある程度、この状態で存在していて、摂食後にヒト腸内で何らかの刺激を受けて息を吹き返し、食中毒に寄与しているのかもしれません。
いずれにせよ、この菌の生態を解き明かすことで、いつの日か、安全に生食できる鶏肉が食卓に並ぶようになると思われます。
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