2022/04/26【研究報告】「空気感染」日本であまり知られていないカラクリ

新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策について講演することがある。その際、聴衆がいちばん驚くのは、「私の前にあるパーティションは感染予防に無効なだけではなく、むしろ危険だと言われている」と語るときだ。
根拠となるのは、幾つかの臨床研究だ。例えば、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームは、2020年11月24日~12月23日、および2021年1月11日~2月10日の間にフェイスブックを通じて収集した214万2887人のデータを分析し、学校などでの遮蔽物の利用が感染リスクを高めていたことを、2021年4月29日にアメリカ『サイエンス』誌で発表している。

■パーティションが気流を妨げ、コロナの伝播を増加

従来、コロナを含め、呼吸器ウイルスは、咳・くしゃみ・会話を通じて放出される分泌物(飛沫)を介して、周囲にうつると考えられてきた。通常、そのサイズは数百μm(マイクロメートル、1マイクロは100万分の1)と大きく、いったん放出されても、20センチメートル程度以内で地面に落下する。地面に落ちると、もはや感染しない。
一方、エアロゾルは、その大きさが通常百μm以下で、数μmのものも多い。このような微小な粒子が空中に放出されると、その温度は約37℃と気温より高いため、すぐに上層に移動する。そして、その間に水分が蒸発する。
この結果、ウイルス粒子が濃縮された微小なエアロゾルが形成され、数時間にわたって空中を浮遊しながら移動する。閉鎖空間であれば、上層に蓄積する。その場に居合わせた人が、濃縮したコロナ粒子を吸い込めば感染する。現在、コロナ感染の主体は、このようなエアロゾルの吸入による空気感染であることが世界的なコンセンサスとなっている。

■屋外は感染リスク小さい、では屋内ではどうすれば?

空気感染の重要性については、流行当初から指摘されていた。2020年4月、中国・東南大学の医師たちが、7324例の感染者の感染状況を調べたところ、屋外で感染したのはわずかに1例だった。咳やくしゃみを介した飛沫感染は屋内・屋外に関係なく起こる。屋外で感染のリスクが低下するなら、エアロゾルの関与が大きいと考えるのが妥当だ。屋外なら空中に放出されたエアロゾルは、その場で希釈されるからだ。わが国では、屋外でもマスクをつける人が多いが、これは意味がない。夏場の熱中症対策を考えれば、止めるべきといっていい。
では、屋内ではどうすればいいのだろう。この点でも研究は進んでいる。対策の基本は換気だ。換気の指標は空中の二酸化炭素(CO2)濃度だ。多数のCO2モニターが市販されており、5000~1万円で購入できる。CO2モニターを用いて、職場や自宅のCO2 濃度を測定すれば、その部屋の換気状況がわかる。ちなみに、空中のCO2濃度は約410 ppmだ。厚労省は良好な換気基準として1000 ppm以下としている。
換気と感染については、結核対策を中心に、これまで多くの研究が報告されている。前出の『サイエンス』の論文では、室内のCO2濃度を700-800 ppmに抑制すれば感染は拡大しないと書かれている。2020年に台湾の疾病対策センター(CDC)の研究チームが『室内空気』誌に発表した研究によれば、換気が不十分な大学の建物で27人の集団感染が生じたが、換気体制を強化し、CO2濃度を3204±50 ppmから591-603 ppmまで抑制したところ、感染は収束したという。
私も、医療ガバナンス研究所のCO2濃度を測定してみたところ486 ppmだった。医療ガバナンス研究所の場合、来客などで在室人数が増えると、すぐにCO2濃度はあがる。講師を招き、8人ほどのメンバーと勉強会を行った際には、10分ほどでCO2濃度は1200 ppmとなった。私どもが有するCO2モニターは1000 ppmを超えるとアラームが鳴る。窓を全開にして換気すると、700台まで低下した。約2時間の講義中、CO2濃度をモニターしながら、窓の開閉を繰り返した。

■建物に備わった換気能力が重要

ただ、窓の開閉による換気には限界がある。これから日本は夏場を迎えるが、真夏の日本で換気を強化するのは難しい。外気と比べ、低温の空気が低層に貯留する夏場には、5分間、窓を全開にしても、入れ替わる空気は約3割に過ぎないからだ。サーキュレーターやレンジフードを稼働させてもせいぜい7割だ。感染対策にはこまめに換気するしかないが、どの程度の実効性かははっきりしない。
では、何が重要なのか。それは建物に備わった換気能力だ。職場であれ、高層住宅であれ、高層階は風が強く、窓を開けることができない。この点については、2003年、シックハウス対策目的に建築基準法が改正され、24時間の換気設備の設置が義務づけられた。
換気効率は建物毎に大きな差がある。筆者が、帝国ホテルの孔雀の間で講演をした際、インターン中の大学生が随行し、CO2濃度を測定したが、200人程度の聴衆が入った密室の広間のCO2濃度は436-499 ppmの範囲に留まった。高度な換気システムを装備している証だ。こういうところでは、クラスターは生じにくい。
政府は、飲食店を一律に規制しているが、これは合理的ではない。建物の換気能力には大きな差があり、最近、建築された高層建築物は感染のリスクは極めて低いからだ。問題は、換気設備が装備されていない古いビルだ。では、換気設備が整っていない建築物はどうすればいいのか。これについても、研究が進んでいる。それはHEPAフィルターと紫外線の活用だ。
HEPAフィルターとは、空中の0.3 µm以上の微細粒子を捕集できる装置だ。病院の骨髄移植病棟などで院内感染対策に用いられ、その有効性は多くの臨床試験で証明されている。最近は、市販されている空気清浄機にも利用されている。
コロナに対する実証研究の結果も報告されている。昨年10月6日、イギリス『ネイチャー』誌は、イギリス・ケンブリッジ大学の研究を紹介している。この研究では、コロナ病棟にHEPAフィルターを設置した前後で、空中のコロナ粒子の量を測定しているが、設置前は5日中4日で空中からコロナ粒子を検出できたが、HEPAフィルター稼働後に測定した5日間では一度もコロナは検出されなかった。
HEPAフィルターを装着した空気洗浄機はコロナ対策に有用だ。HEPAフィルターの価格は数千円~数万円。『ネイチャー』の論文には、「安価なポータブルフィルターが、コロナやその他の病原菌を効率よくスクリーニングする」という表題がついている。もっと国民に情報を伝えるべきだ。ところが、過去1年間で全国紙5紙が「HEPAフィルター」という単語を用いた記事を掲載したのはわずかに12回だ。最新のコロナ研究の成果が国民に還元されていない。

■天井付近で紫外線を水平照射するのが有効

さらに、昨年6月、アメリカ疾病対策センター(CDC)は、換気手段が限られている施設では、紫外線を天井付近で水平照射し、浮遊するコロナ粒子を不活化することを推奨した。その根拠として、CDCが挙げた論文は、2020年6月にハーバード大学の研究チームが、『米医師会誌(JAMA)』に発表したもので、上層への紫外線照射は1時間に24回の換気に相当すると推定している。
実は、このような対策は、コロナに限ったものではない。コロナ流行後、多くの呼吸器ウイルスは空気感染によって伝播することが明らかとなった。昨年4月、イギリス・ブリストル大学の研究チームは、HEPAフィルターと紫外線照射を活用することで、コロナを含む呼吸器感染症の頻度を41%減少させたとアメリカ『プロス・ワン』誌に報告している。
コロナ流行以降、インフルエンザをはじめ、多くの呼吸器ウイルスの流行が抑制されているのは、手洗いやうがいに加え、空気感染対策が世界各地で推し進められたためかもしれない。このように考えると、科学的な根拠に反し、空気感染の関与を否定し続けてきた厚生労働省、国立感染症研究所、周囲の専門家たちの責任は重い。まるで、中世の教会のようだ。日本のコロナ対策は、もっと科学的で合理的でなければならない。
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長
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