2021/12/02【PCR検査】「PCR検査で陽性でも病人とは限らない」意外と知らない人のカラダの不思議

「病気」とは、どういう状態のことを指すのか。医師の山本健人さんは「病気の原因となる細菌やウイルスの中には、健康な人の体内に常に存在するものもある。病気かそうでないかの確定的な指標があるわけではなく、必要に応じて人間が決めているにすぎない」という——。
※本稿は、山本健人『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。

■体の中は病気を引き起こす細菌だらけ

病気とは、どういう状態のことを指すのだろうか?
この質問に答えるのは、意外に難しい。一例をあげてみよう。
細菌は私たちに病気を引き起こす微生物である。では、細菌が体の中に入った状態は病気か、というとそうではない。そもそも私たちの皮膚にはたくさんの細菌が付着しているし、口の中や腸の中も細菌だらけである。これらの細菌が体に何らかの不具合を起こしたとき、初めて病気と呼ぶことができる。「細菌がいるかいないか」が「病気か健康か」を決めるのではない。
黄色ブドウ球菌という細菌がいる。心内膜炎や関節炎、皮膚の感染症など、さまざまな病気を引き起こす微生物だ。「とびひ」という俗称で呼ばれる皮膚感染症、「伝染性膿痂疹」の原因菌の一つでもある。

■病気か健康かの境目は意外に難しい

2000年に起きた雪印乳業(現雪印メグミルク)の乳製品による集団食中毒では、1万3000人以上が被害にあった(1)。製造工程で繁殖した黄色ブドウ球菌の毒素が原因だ。2012年、モデルのローレン・ワッサーはタンポンが原因の重篤な細菌感染症にかかり、結果的に両足を切断した。その原因は、黄色ブドウ球菌によるトキシック・ショック症候群である。
これほど恐ろしい黄色ブドウ球菌だが、実は健康体でも約3割の人は保有している。鼻の中や皮膚表面に普段からすんでいる細菌なのだ。つまり、「体に黄色ブドウ球菌がいること」は病気ではない。まして、治療は「黄色ブドウ球菌を根絶やしにすること」ではない。
そして、細菌感染症が「治った」状態は、「体に細菌がいなくなったこと」と必ずしも同義ではない。「細菌はいるが病気は起こしていない状態」なら、「治った」といえるからだ。「病気か健康か」の境目は、意外にもシンプルではないのだ。

■幼少期から一生をともにするウイルス

ウイルス感染症は、さらに複雑である。
口唇ヘルペスという病気がある。「熱の華」などと呼ばれ、口の周りに腫れものができ、痛みを伴う病気だ。単純ヘルペスウイルスというウイルスが原因である。
このウイルスは、顔にある神経節の中にすみついている。普段は大人しくしているが、疲れが溜まったときなどに暴れ出し、口唇ヘルペスを引き起こす。つまり、「ヘルペスウイルスが体内にいる状態」は病気ではなく、それだけなら健康そのものである。口の周りに不快な症状を起こしたときのみ、病気とみなすのだ。
同じグループの中に、ヘルペスウイルス6型というウイルスがいる。突発性発疹の原因ウイルスである。ほぼすべての人が幼い頃にこのウイルスに感染し、一部は突発性発疹を起こし、一部は無症状のまま経過する。このウイルスはそのまま体にすみつき、人間と生涯をともにする。乳幼児期に一歩も屋外に出ない子どもでも、このウイルスには感染する。なぜなら、親の体内にウイルスがいるからだ。
こうしたウイルスは根絶やしにはできないし、する必要もない。何らかの不快な症状や命を脅かす事態が起こったときだけ、「病気」と見なして医療が介入するだけだ。つまり、「病気か病気でないか」は、誰かが必要性に応じて決めるのだ。

■新型コロナの陽性者は「病気」なのか

新型コロナウイルス感染症の診断に、PCR検査がよく用いられる。そのため、PCR検査の結果によって「病気か病気でないか」を判断できる、と考える人は多いが、そうではない。
例えば、新型コロナウイルスに感染後、しばらくして症状がおさまった人が、「病気が治ったかどうか」を知るにはどうすればいいだろうか?
発症後7~10日間経つと他人への感染性はなくなる(2、3)。もしその時点で何も症状がないなら、そのときはもちろん、もう「病気」ではない。不快な症状も、命を脅かす事態でもなく、かつ他人に感染を広げるリスクもないからだ。
ところが、PCR検査は、時に2~3週間以上も陽性が続く(2、3)。PCR検査でわかるのは、「ウイルスの断片が存在するか否か」であって、「病気か否か」ではないからだ。
病気だと見なすべきなのは、あくまで「治療や隔離などのアクションが必要な人」であって、「検査が陽性の人」ではない。
だが、こうした考え方が腑に落ちない人は多い。高度な医療機器や診断技術が、客観的指標に基づいて「病気か病気でないか」を決めてくれるほうが、説得力を感じるのだ。

■寿命より成長が遅いがんは病気ではない

「がんか、がんでないか」もまた、単純な命題ではない。健康な人の体にも、絶えずがん細胞は生まれている。毎日、細胞分裂の過程でがん細胞は現れ、免疫によって排除される。つまり、「がん細胞が体にある状態」は、「がん」という病気ではない。
がん細胞が増殖し、周囲の臓器を破壊する(ことが予測される)などして、命を脅かすポテンシャルを持ったとき、初めて病気と見なされ、医療が介入するのだ。がんのように、一見すると「病気らしい病気」であっても、健康との境目は意外に明白ではない。
実は、亡くなった人の体を解剖すると、偶然に前立腺がんが見つかることがある。その割合は、50歳以上の約20パーセント、80歳以上では約60パーセントにも及ぶ(4、5)。この前立腺がんは、おそらく不快な症状を起こさず、命を脅かすものでもなかったため、発見されないまま宿主が死を迎えた。
このようながんを「ラテントがん」という。「ラテント(latent)」とは「潜伏」という意味だ。これらの多くは、進行が極めて遅いために「寿命のほうが先に来た」と言い換えることもできるだろう。
では、死後にラテントがんが見つかった人は、「生前は病気だった」といえるのだろうか? 何の症状もなく、周囲の臓器に影響を与えることもなければ、命を脅かすこともないとしたら、そのがんは病気だろうか?
少なくとも寿命より成長が遅いがんであるなら、診断される必要はなかったことになる。がんであるのは事実だが、病気は「必要に迫られて定義するもの」なのだから、このがんは病気とはいいがたい。
もちろん、ほとんどのがんは、見つかった時点で病気と呼ぶのが一般的だ。なぜなら、放置すると命を奪うであろうことが、数々のデータから高い確度で予測できるからだ。だが、真に治療が必要かどうかは、タイムマシンを使って「放置した未来」を見ない限りわからない。
人間の判断を超えた、何らかの確定的な指標が「病気か否か」を決めるのではない。人間がひとまず「病気か否か」を決めるのである。

■「リスク因子」を見つける大プロジェクト

「フラミンガム研究」という歴史的に有名な研究がある。1948年から、ボストン郊外のフラミンガム町に住む5000人以上の男女を詳細に追跡し、心血管にかかわる病気の危険因子を明らかにした研究だ。
当時アメリカでは、心筋梗塞などの心血管病でおびただしい数の人が亡くなっていた。感染症による死亡が激減する反面、心血管病患者は急速に増え、死亡原因の1位を独走するようになっていたのだ。だが、当時その原因は全くわからず、予防する方法もなかった。国家を揺るがすこの国民病に、多くの人たちがなす術なく命を奪われていたのだ。
このような時期に国立衛生研究所(NIH)が立ち上げたプロジェクトが、フラミンガム研究だった。1つの町の住人を長年にわたって調査し続け、「どのような人が心血管病になりやすいか」を探り出す世界初の大規模前向き研究に、アメリカは国家をかけて莫大なコストを投入したのである。

■生活習慣病は知られざる病気だった

この壮大なプロジェクトにより、重要な事実が次々と明らかにされた。高いコレステロール値や高い血圧、肥満、糖尿病、喫煙などの条件を持つ人は、そうでない人より心血管病にかかりやすい、ということだ。しかも、これらの因子のうち複数が積み重なることで、心血管病を発症する可能性は激増することがわかった。のちに、数々の疫学研究がこの知見を裏づけることになる。
塩分と脂質が過剰なファーストフードの普及、車社会における運動不足と、それにともなう肥満、高い喫煙率。当時のアメリカ人に対し、今の私たちは「生活習慣病リスクの塊だ」と当たり前のようにいうだろう。だが、フラミンガム研究以前には、このことは全く「当たり前」ではなかったのだ。
この時代以後、高血圧や脂質異常症、高血糖などのリスクに対し、多くの治療薬が生み出された。ほとんど症状がなく、かつて病気だと認識されていなかった「状態」を、「病気」だと定める必要性に迫られたからだ。

■最新の疫学調査が病気の定義を変えていく

また、数々の疫学研究が生み出すエビデンスが、これらの病気の定義を変えてきた。つまり、「血圧やコレステロール値、血糖値をどのくらい下げれば病気になる可能性がもっとも低くなるのか」という疑問に、年々確度の高い答えを提示できるようになってきたのだ。
例えば、1987年に厚生省(現在の厚生労働省)が定めた高血圧の基準は「180/100」であった。だが、その基準は徐々に厳しくなった。2019年に定められた血圧の目標値は、75歳未満で130/80、75歳以上は140/90となっている(高血圧そのものの基準は140/90)。
フラミンガム研究は今なお継続中であり、新たなエビデンスを次々と生み出している。当初研究に参加した人たちの第2世代も対象に加わり、今も追跡調査が続いているのだ。
フラミンガム研究は、「危険因子(リスクファクター)」という概念を初めて生み出した点で歴史上の大きなターニングポイントになった。長年にわたって体が蝕まれて発症するタイプの病気は、原因が単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合う。こうした病気へのアプローチには、フラミンガム研究のような疫学調査が必須となる。
疫学調査は、「何が悪いか」と「何をすべきか」を、統計学的に高い確度を持って導き出す。病気のメカニズムの解明は、その後からでも構わないのだ。
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