2021/09/30【新型コロナウイルス:COVID-19】2021年版「新型コロナの収束シナリオとその後の世界」

「人類がコロナに打ち勝った証し」となるはずだった東京オリンピックは、ほぼ無観客で開催せざるを得なかった。感染力が高い変異株が次々と発生する中で、人類はコロナ禍を抑え込むことができるのか。アーサー・ディ・リトル・ジャパンにエビデンスに基づく収束シナリオを寄稿してもらった。
我々アーサー・ディ・リトル・ジャパンは2020年春、まだ手掛かりが少ない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、その時点で分かっているエビデンスを丁寧に紡いでいくことで、最も可能性が高い収束シナリオを描き出した。具体的には、先進国を中心に2年から3年で収束する国が出てくるものの、世界的な収束まで3年から5年はかかるのが現実的なシナリオと論じた。
その後については、今の世界を見ればお分かりになるだろう。収束時期の最大の前倒し要因として指摘していた「ワクチン開発」が驚異的なスピードで進み、かつ高い有効性をもって実現した(最終ページの囲み記事参照)。2020年の末から英国や米国で接種が始まり、収束時期が早まるかのように思えた。しかしながら、後ろ倒し要因として挙げた「ウイルス変異」も次々と発生している。細かいことを論じれば他にもいろいろと要因はあるのだが、ざっくり言えば人類は新型コロナウイルスに対して「1勝1敗」の状況となり、未だ予断を許さない状況となっている。
本寄稿では、現時点での最新のエビデンスも踏まえ、改めて今後の世界を予測していきたい。

■デルタ株の出現で集団免疫獲得のハードルが上昇

中国の武漢市で新型肺炎の流行が伝えられたのが2019年末。後に「SARS-CoV-2」と命名される新型コロナウイルスを、世界保健機関(WHO)が確認したのは2020年1月8日だ。それから瞬く間に世界的な大流行(パンデミック)となり、累計で感染確認者は2.1億人、死亡者は440万人を突破した(2021年8月上旬)。目下、デルタ株(インド型)が世界的に猛威を振るっており、第5波の感染拡大が続いている(図1)。

図1○新型コロナウイルスの感染者と死亡者の推移(全世界;クリックすると拡大します)
中国の武漢市を起点に広まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は全世界で感染確認者が累計で2億1000万人、死亡者も440万人を超えた。ワクチンの接種回数は50億回を突破したが、変異株が次々と出現している(世界保健機関のデータを基に編集部で作成、数値は2021年8月上旬時点)
デルタ株については、未だ分かっていない部分が多いものの、アルファ株や従来株と比較して、感染性・伝播性が高いことが特徴である。ウイルスの発現量が多く、増殖スピードが高いことが示唆されており、感染者のウイルス量が従来株の1000倍に上ったとの報告もある。
1人の感染者が何人に感染させるかを数値化した基本再生産数(R0)は、デルタ株の場合5人から9.5人とされている。これは水疱瘡と同程度の水準で、非常に高い感染性・伝播性を持っていると言える。図2にアルファ株とデルタ株の特徴を整理した。

デルタ株の最大のポイントは、集団免疫を達成するための閾値が「85%」に上がったことである。アルファ株では、集団免疫を獲得するには60%から70%の接種率が必要とされていた。2020年末からワクチン接種が加速度的に進んだことで、2021年中にはいくつかの国・地域で集団免疫状態に達する可能性があった。しかしながら、そのハードルが85%に上がったことで、その可能性はほぼ無くなってしまったと言えるだろう。
実際、英国では2021年8月6日時点で成人の75%、全人口の約60%がワクチン接種を終えている。自然感染者を含めると従来型もしくはアルファ型のウイルスを前提とすれば、集団免疫を獲得できる水準に十分に届いていると試算されていた。ところが英国では新規の感染者数が下げ止まっており、収束の気配は見られない。専門家からも、現時点の接種率では集団免疫を達成するには十分ではないとの見解が示されており、未接種者へのワクチン接種を急いでいる。

■最大のリスクは、さらなる変異ウイルスの登場

難しいのは、むしろその先だ。仮に、一部の国・地域がワクチン接種を義務化して集団免疫を獲得できたとしても、その水準に達しない国・地域が地球上にある限り、新型コロナウイルスは世界のどこかで伝播・増殖し続ける。その結果、人類はさらなる変異株が発生するリスクから逃れられなくなり、収束が非常に困難になってくる。
デルタ株は現時点で非常に厄介な変異株であるが、それで終わりではない。今後もウイルスの変異は持続的に発生する可能性が高い。その中でも今後の感染状況に対して最大のリスクと考えられるのが、「免疫逃避変異」と呼ばれるものだ。
デルタ株はワクチン接種者でも発症のリスクはあるものの、既に実用化されているワクチンが重症化や死亡に対して、依然として高い有効性を示している。一方で、免疫逃避変異株は何らかの理由によって抗原性が変化し、ワクチンによって誘導された免疫をすり抜け、ワクチン接種者に対しても大きなリスクになる。このような抗原性の変化は、「長期的な変異の蓄積」「ヒト以外の動物への感染」「他のウイルス種(MERS-CoVや季節性コロナウイルスなど)との組み換え」などで発生する可能性が高まる。
仮にこのような変異ウイルスが発生した場合、これまでのワクチン接種の有無に関わらず、感染・重症化のリスクが高まることになる。そのため、これまで人類がワクチン接種によって築いた壁をイチから再構築することが必要となり、COVID-19との闘いの長期化は必至となる。
免疫逃避変異株以外にも、伝播性の高まる変異もリスク要因として挙げられる。そのような変異ウイルスが出現した場合、集団免疫の閾値もさらに高くなるため、ほぼすべての人が免疫を有するまでCOVID-19が収束しないことになるだろう。もちろん収束時期の後ろ倒しのリスク要因となるものの、既存のワクチンが全く効かなくなるわけではない。そのため、その懸念は免疫逃避変異株より小さいと考えられる。
また、重症化率などの病毒性が上昇する変異もリスクの1つだ。従来株では比較的少数だった若年層の重症化や、ワクチン接種者の重症化率の上昇などが、それに当たる。今後さらに病毒性が上がることで、感染拡大で医療がさらに逼迫し、犠牲者が増える事態に陥ることは想像に難くない。COVID-19との闘いの長期化に直接関わるわけではないが、人的被害に対する影響は大きいだろう。
病毒性が低下する方向にウイルスの変異が入ることも考えられるが、短期的にこのような変異ウイルスが支配的になる可能性は低いだろう。発症後に感染力が最大となる感染症については、行動力があり他者への感染力が高い患者は症状が軽い傾向がある。そのため、症状が軽くなる株が優位となり、変異が入るにつれて軽症化する傾向がある。一方でCOVID-19については感染力が発症前に最大となる。そのため、発症後の症状の軽重と感染力は相関しない。むしろウイルス量が多い患者の方が感染力が高くなる可能性が高いため、病原性が高まるリスクが高い。ただし、これらは確率論のため、長期的に見れば病毒性が低下する可能性もあるだろう。

■収束は早くて2023年、収束しない可能性も

以上を踏まえ、最新のエビデンスに基づく新型コロナウイルスの疫学的な収束シナリオを図3に整理した。

最も楽観的なシナリオ(シナリオ1)は、ワクチン回避型の免疫逃避変異が起こらず、新たなワクチンもしくはブースター接種により、より強い免疫を誘導し、感染予防・伝播予防効果を獲得できるシナリオである。現状のデルタ株に対するワクチンは、重症化予防という視点では高い有効性を示すものの、感染予防、伝播予防効果は限定的であることも示唆されている。そこで米疾病対策センター(CDC)は2021年6月、ワクチン接種者もマスク着用を推奨する方針へと転換した。集団免疫の獲得には、現状の2回のワクチン接種では困難な可能性があり、3回目のブースター接種もしくは粘膜ワクチンなどの新たなワクチンにより、伝播予防以上の効果の獲得が不可欠となる。
このシナリオ1では、今後のワクチンの開発や供給スピードに依存するものの、2022年中には多くの人類がワクチンなどにより感染予防・伝播予防性を獲得し、2023年以降に徐々に収束していくだろう。ワクチンの実質義務化などで早まる可能性も考えられるものの、現行のワクチン供給スピードおよびさらなる接種が必要なことを考えると、2022年いっぱいはかかるものと想定される。
続いて、中庸的なシナリオ(シナリオ2)は、ワクチンにより伝播予防効果の獲得までは至らず、ワクチン接種者であってもウイルスを伝播させ、免疫未保有者への感染が拡大し続けるシナリオである。このシナリオでは、英国やインドなど、自然感染もしくはワクチン接種が極端に進んだ一部の国・地域では、国民のほぼ全員が免疫を保有することで2022年中には収束する可能性がある。しかしながら、多くの国・地域では、ワクチンの接種率が60%から70%にとどまる可能性が高く、2023年頃までは感染の拡大が続き、2024年以降に自然感染と合わせて大半の国民が免疫を保有することで、収束に向かうだろう。
このシナリオ2では、感染拡大は続くものの、ワクチン接種が進むと重症者・死亡者の割合が減ることから、どこかで政治的判断により経済活動の制限に見切りをつけることも必要となってくるはずだ。
最後に、最も悲観的なシナリオ(シナリオ3)は、免疫逃避型の変異が入り、既存ワクチンの効果が無くなってしまうシナリオだ。このシナリオでは、ワクチンや治療薬の開発が「やり直し」になってしまい、仮に新たなワクチンや治療薬を開発できたとしても、更なる免疫逃避型の変異が入ってしまう。つまり、ウイルスとのいたちごっこが長期にわたり続く可能性がある。この場合は収束は見込めず、免疫保有者と未保有者の間で可能な社会活動の範囲が変わる新しい世界になっていくだろう。

■さらなる変異を出現させずに収束させるために

これまでの考察から、ウイルスの変異が今後のシナリオにおいて最もインパクトの大きな不確定要素になってくる。変異ウイルスを発生させないために、我々人類ができることは何だろうか。
変異はウイルスが増殖する過程で一定の確率で入る。ウイルスは自己増殖ができず宿主の細胞内でしか増殖・変異が起こり得ない。つまり、いかに増殖を抑えるか、感染拡大を抑えるかが、ウイルスの変異の可能性を低くするための重要なカギとなる。
そのために、できる限り多くの人々に免疫を獲得させることが基本戦略となる。具体的には、(1)より若い世代(12歳未満)へのワクチンの適応拡大、(2)ワクチン忌避層への接種推進が挙げられる。
(1)12歳未満のワクチン接種については現在各社が臨床試験を行っている。小児に対する安全性・有効性が確認できれば、その結果を基に今年中には緊急承認される可能性が高いため、近いうちに小児が免疫を持たないことで起こる感染拡大は少なくなると考えられる。
(2)ワクチン忌避層の説得については、各国がかなり手こずっているのが現状だ。詳細な説明はここでは割愛するが、ワクチン忌避による感染を自己責任と捉える英国、ワクチンパスポートの導入による実質義務化を進めるフランス、ウイルス検査を有料化するドイツなど、あの手この手で忌避する人へのワクチン接種を勧めようと工夫している。
日本でもワクチンの安全性への疑義を発信する「反ワクチン活動」を信じているワクチン忌避層が一定数おり、成人の15%がワクチン接種をためらっているとの調査結果もある。これらの人々にも接種をしてもらうためには、根気強く科学的根拠に基づいた情報を正確に発信していくことが何よりも大事だ。しかしながら、ごく一部の医療従事者やメディアからの不正確な情報発信が依然として蔓延していることを考慮すると、他の手立ても早急に議論する必要がある。
十分な割合の国民が免疫を持たない状態で行動制限を緩和することは、経済活性化に向けた施策と言える。別の見方をすれば、「感染によって死亡するのも自己責任」とも捉えることができる。医療機関の負担が増えて通常の医療を行えない事態も発生することから、この考え方が日本で受け入れられる可能性は低いだろう。
このことを考慮すると、日本でもワクチンの接種を実質的に義務化する議論が避けられないだろう。つまり、ワクチンパスポートの導入だ。2021年8月時点ではワクチンパスポートを国内の行動制限を目的として導入する計画は無いが、今後経済を再開させるためにはワクチン接種の有無で行動を制限することは考えていく必要がある。一方で検査の有料化については、感染者が検査を避け感染状況を正確に把握できない懸念も出てくるため、導入には慎重な議論をすべきと考える。
また、日本国内でもワクチン2回接種者が一定数感染している現状を考慮すると、現行ワクチンよりもさらに効果が期待できるような施策も同時に考慮すべきだろう。具体的にはブースター接種による効果増強、粘膜ワクチンの開発などがそれに当たる。
ブースター接種、いわゆる3回目接種は、既に日本政府がワクチン確保に向けて交渉を始めている状況だ。従来株向けに実用化している既存のワクチンに加え、デルタ株にも効果を持つワクチンの臨床試験が進んでいる。また、粘膜ワクチンによる、より強力な感染予防も検討する必要がある。しかしながら既存ワクチンが既に目覚ましい効果を上げているため、これらと同等以上の効果を持つワクチンがすぐに登場することを過度に期待してはいけないだろう。
さらにウイルス変異については、別の要素も考慮する必要がある。2021年8月に発表された研究によると、懸念される変異ウイルス(Variants of concern;VOC)がたくさんの感染者を経て生まれた変異ではなく、免疫不全・免疫抑制状態の患者で長期的に感染が続くことで発生したものである可能性が示唆されている。これらの患者はウイルスを完全に排除するまで長期間かかり、その間にスパイク蛋白質を中心に複数の変異が入ることが確認されている。
臓器移植により免疫抑制状態になっている患者ではワクチンの効果が弱い可能性が示唆されており、今後さらさらなる変異を抑えるためには周囲の人々のワクチン接種などにより感染予防策を講じることが必要だろう。または、濃厚接触者もしくは感染者となった時点から抗体医薬を投与し、感染を予防もしくはウイルス感染の長期化予防を検討すべきだ。現時点では研究結果が出た段階なので実際の対策立案は今後の検討課題だろうが、臨床試験を経た早期の適応拡大が望まれる。

■次のリスクに備えて、創薬エコシステムの構築を

以上、さらなる変異に対する今後の対応について議論したが、最初に述べたようにまずは感染拡大を抑制することが何よりも肝要である。そのために、まずは個人でできる感染予防を徹底することが大事だ。具体的には「密」の回避、手洗いやうがいの徹底、不織布マスク着用の徹底である。
デルタ株が出現したことで、3つの「密」(密集、密接、密閉)がそろわずとも感染する例が続出していることから、これらを可能な限り控えるべきだろう。また、手洗いやうがいは、今も昔も有効な感染予防策であるため、自分や家族を守るためにも、引き続き徹底していくことが大事だ。マスクにおいては、シミュレーション実験によって布マスクやウレタンマスクの感染予防効果が乏しいことが明らかとなっている。そのため不織布マスクやそれ以上のグレードのマスクの着用を呼びかける必要がある。
いずれにせよ、感染力が高いデルタ株が流行したとしても、各個人が上記を徹底するだけで感染拡大をかなり抑制することはできる。変異ウイルス発生の可能性をできる限り低くするために、基本に忠実に行動をしていくことが何よりも大事だろう。
今回の一連のパンデミックにより、感染症対策に対する日本の弱点が浮き彫りになった。発生当初は、感染者が世界の水準と比べて少ない日本において、他のコロナウイルスとの交差免疫の可能性や「ファクターX」などが注目された。しかし今では、そのような楽観的な声は聞かれなくなり、デルタ株の感染拡大を招いてしまった。我が国は世界有数の新薬を生み出す創薬力のある国の1つであるものの、未だに承認された国産ワクチンはなく、世界と比べてワクチン開発の動きも鈍かった。
発生当初の感染症対策チームのクラスター対応は、感染爆発までの時間的猶予を作り出すという意味で、素晴らしい対策であった。ただ、根本的な解決はワクチン開発による集団免疫しかないことは、発生当初から感染症の専門家が指摘していたことである。科学的根拠の無い楽観的なシナリオも飛び交い、俯瞰的かつ科学的な視座に立ったリスク対応が、後手に回った結果だと言えるだろう。
本稿で述べた通り、新型コロナウイルスの世界的収束は遠く、局所的な感染拡大により、人類は常に変異株のリスクにさらされ続ける。新たなコロナウイルスやコロナウイルスの亜種がいつ発生してもおかしくない。大局的に見れば、2000年に入ってから、鳥インフルエンザ、SARS(重症急性呼吸器症候群)や MERS(中東呼吸器症候群)など、新たな感染症が出現するサイクルが短くなっており、WHOからは多剤耐性菌の問題も指摘されている。次なるパンデミックが想定よりも早くやってくる可能性は高いだろう。

■SCARDAの実力を発揮できるか

そのような中、日本政府は、ワクチン開発・生産体制強化戦略を閣議決定し、先進的研究開発戦略センター「SCARDA(スカーダ)」を日本医療研究開発機構(AMED)に立ち上げることを決めた。各省の縦割りを排し、新規モダリティへの戦略的な資金配分を通して産業を育成しつつ、有事には感染症ワクチンへの応用を実施するための包括的な支援をする組織である。
今回、驚くべきスピードで実用化されたワクチンのモダリティは、mRNAとウイルスベクターであり、核酸医薬と遺伝子治療という比較的新しいモダリティであった。mRNAは米Moderna社/米国立衛生研究所(NIH)とドイツBioNTech社が、ウイルスベクターは英Oxford大学が開発で先陣を切った。いずれもスタートアップやアカデミアが創薬主体となり、米Pfizer社や英AstraZeneca社などのメガファーマと協業して実用化したものである。
すなわち、創薬モダリティが低分子医薬から抗体医薬、さらには核酸医薬や遺伝子治療などへと多様化し、創薬の主体も大企業からベンチャーにシフトしている。こうした変化は10年以上も前から製薬・バイオ業界で起きてきた変化であり、そのような潮流を捉えた近代型の創薬エコシステムの構築が我が国において機能不全に陥っていたことが改めて浮き彫りとなった。このことこそが、日本がワクチン開発で世界から遅れをとった本質的な課題ではないだろうか。
硬直化された規制や薬価制度、産学官の連携不足、ファンディングにおける戦略性の欠如など、我が国の創薬エコシステムに関わる課題を挙げればキリはない。だが、少なくとも今回のパンデミックを契機として、一連の課題が政策の重要アジェンダとなり、関係省庁の縦割りを排したSCARDAという新組織が立ち上がったことは、前向きに捉えるべきであろう。
今後は、具体的な戦略を描き、産学官を巻き込んだ形で実効性のある施策が打てるかが焦点となるだろう。これからも様々な新規モダリティが開発され、モダリティ間の融合が進む時代を迎える。デジタル技術や人工知能(AI)の発達により、創薬の時間的・空間的制約が徐々に取り除かれる世界が訪れるであろう。一方で、新たなモダリティを活用した医薬品の製造は難しく、製造技術をはじめとした周辺産業にも付加価値が宿る。
いずれにしても創薬にかかるコストは膨らむため、縮小化する日本市場だけではペイせず、グローバル展開が必須であろう。そのためには海外の動向や規制と一定の足並みをそろえる必要が出てくる。また、イノベーティブな技術はその価値の評価が難しいが、しっかりと予見可能な形で薬価等が適切に評価される仕組みも不可欠だ。そうすることで海外のリスクマネーも呼び込むことができるようになり、日本国内の研究開発も促進されるだろう。
エコシステム形成においては、最初の歯車が正しく回り始めれば、その後は比較的スムーズに成長していく。これまでのやり方にとらわれず、大胆かつ実効性のある戦略構築がカギとなるだろう。

■電光石火で進んだワクチンの開発競争

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に全世界へ広がったが、人類によるワクチン開発も電光石火で突き進んだ。
中国の研究機関がSARS-CoV-2の塩基配列を解読し、データを公表したのは2020年1月13日だ。それからわずか1カ月余りで、米Moderna社はmRNAを使った新規ワクチンを設計し、治験薬を製造して最初のロットを出荷した。2月24日のことだ。
従来の不活化ウイルスワクチンや組換え蛋白質ワクチンは、製造用のウイルス株や組換え細胞を樹立するのに時間がかかる上、安定的に製造できる工程を確立するのにさらに時間を要する。それに対してModerna社のワクチンはmRNAベースであるため、ゲノム情報さえあれば設計できる。またmRNAは人工的に合成できることから、短期間で治験薬の製造に至った。Moderna社が、マサチューセッツ州Norwoodに自社の製造施設を持ち、これまで臨床試験向けに複数品目の治験薬を製造していた実績があったこともスピード開発に寄与した。
そこから各社の開発競争はさらに加速する。Moderna社が臨床試験を始めたのは3月16日だが、同じ日に中国CanSino Biologics社がアデノウイルスベクターワクチンの第1相臨床試験を始めたとリリースしている。その後は米Inovio Pharmaceuticals社がDNAワクチン、中国Sinovac社は不活化ワクチン、ドイツBioNTech社と提携した米Pfizer社はmRNAワクチン、そして英AstraZeneca(AZ)社はOxford Universityと協力してチンパンジーアデノウイルスベクターにスパイク蛋白質遺伝子を搭載したワクチンの臨床試験を始めた。いずれも4月までの動きだ。
臨床試験で先行していたのはAZ社だったが、高い有効性をいち早く示したのはmRNA陣営だった。11月9日にPfizer社/BioNTech社は、第3相試験中のmRNAワクチンが95%の発症予防効果があったと公表。続く11月16日にはModerna社が同じく第3相試験で94%の有効性を確認したことを明らかにした。こうしたデータを基に、世界で初めてコロナワクチンの承認を得たのはPfizer社/BioNTech社の「Comirnaty」(Tozinameran)だ。12月3日に英国で、14日には米国で緊急使用許可(EUA)を得た。Moderna社の「mRNA-1273」もほぼ1週間遅れでEUAを得ている。

ロシア・中国・インドはローカルワクチンを実用化

上記2種のmRNAの他、AZ社の「Vaxzevria」(AZD1222)も欧州でEUAを得ており、日本でも5月に薬事承認された。また、米Johnson & Johnson社傘下の米Janssen Pharmaceuticals社が開発した「Ad26.COV2.S」は組換えウイルスベクターワクチンで、1回接種で済む特長がある。2月に米国でEUAが出され、5月には欧州でもEUAを得た(日本ではまだ)。これら4種類以外にも、ロシアや中国、そしてインドで独自に開発されたワクチンがあるが、科学的なエビデンスが不明瞭であるため、世界的に流通しているとは言いがたい。
短期間で開発されたワクチンの安全性を問う声はあり、ワクチン投与後の長期的なリスクは今後検証されていくことになる。それでもわずか1年余りでワクチンを開発できたことは、ウイルスと闘う上での大きな「武器」となっている。

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