2020/05/16【新型コロナウイルス:COVID-19】新型コロナの広がり方:再生産数と「密」という大きな発見


人類が初めて直面した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)については、謎が多いだけに、科学的に疑念を抱かせる情報が氾濫している。たとえば感染率ひとつとってみても、その数値や評価は様々だ。そこで、病原性や感染力、各種の検査、日本の感染状況、そして出口戦略などの様々な疫学的側面について、感染症疫学に詳しい中澤港教授に解説してもらおう。

COVID-19の感染力と感染の仕方について。

専門家会議の記者会見を聞いたり、メディアの解説を読んだことがある人は、すでに何度も目にしていると思うけれど、ウイルスなり細菌なり病原体の感染力は、再生産数Rで表される。
おさらいも兼ねて、まずはそこから。
「基本は簡単です。感染力の指標、再生産数Rは、リプロダクションナンバーなので、Rです。意味は、一人の患者が治癒するまでの間、平均何人の患者に感染させるか、ということです。で、よく言われるR0(専門家はアールノートと読むが、アールゼロでも通じる)、基本再生産数というのは、流行当初、誰も免疫を持っていないところに一人の患者が入った時の再生産数です。で、流行が進んで、免疫を持っている人が増えたり、ワクチンを打つなどの対策がなされたりした後の再生産数が、RtとかReとか言われるもので、記号はテキストによって違います。日本語では、実効再生産数です」
再生産数Rには、興味深い性質があって、1を超えるか、それ未満かによって、決定的に「その後」が違ってくる。
例えば、基本再生産数R0が1に満たない感染症が、その感染症を経験したことがない集団に入ってきた時、最初の感染者が、1人未満の感染者しか生み出さないとしたら、すぐに感染のリンクが途切れてその感染症は消滅してしまうだろう。しかし、1人が2人を感染させていけば、ネズミ算式にどんどん数が増えていく。
パンデミックになるような感染症はR0が1以上であることは間違いなく、今、ぼくたちは「行動変容」によって、この実効再生産数を1よりも小さくすべく努力しているところである。
再生産数Rにまつわる用語の理解としてはざっとそんなところだ。
最近、知人に「なぜ、再生産なのか」という質問をされたので、それを中澤さんに聞いた。
「これ、もとはというと人口学から来ている概念なんです。人口学では、1人の女性が生涯にもつ女児のうち再生産年齢に達するまで生き延びる人数の期待値を純再生産率(Net Reproduction Rate: NRR)といいますが、これは基本再生産数R0と同じものです。この場合、再生産されるのは女児です。それが感染症疫学では、感染者が再生産されるというイメージです」
そのように聞くと、今の日本において、人口学的なRは明らかに1を割り込んでいるので、ぼくたちはこのままではいずれ消滅してしまう運命だということに思い至る。なんとかしたいものだが、これはまた別の話である。

きわめて大きい「分散」

さて、そのような由来を持つ指標R、特に、基本再生産数R0は、その感染症が持っている「素の状態での感染力」だから、とても重要な数字だ。
「SARSのR0は約3です。ただ、これは平均値で、病院や飛行機内といった場所での集団感染では1人の患者からもっと多くの人に感染するので、Rは大きくなります。平均して求めるR0は3でも、実際にはもっと多くうつす人も、少ししかうつさない人もいるということを、分散が大きい、といいます。この概念は後で大事になるので、覚えておいてください」
SARSのRは約3で、かつ、分散が大きい。
2003年の流行当時、スーパー・スプレッダー(沢山の人を感染させる人)という言葉がよく聞かれたが、それは、病院、飛行機内などでの環境で、多くの人を感染させた感染者のことだ。また、スーパー・スプレッダーが多くの人に感染させることを指して、スーパー・スプレディング・イベント(しいて訳せば「超ばらまきイベント」)などと呼ぶ。
一方で、コロナウイルス感染症の中で、致命割合が高いMERS(中東呼吸器症候群)は、院内感染を除き、基本的には、R0が1未満だという。つまり、院内感染には厳重な注意が必要だが、市中での流行は続かない。元祖パンデミックであるスペインかぜにはさまざまな推定値があるが、おおむね2程度、季節性インフルエンザや2009年H1N1インフルエンザは、1.1~1.5だということになっている。また、空気感染する感染力の王、麻しんの場合は、なんと12~18にもなる。飛沫から水分が失われて、飛沫核、ウイルス粒子だけになっても感染力があるため、ただよっているものを吸い込んだだけで感染してしまうがゆえの高い値で、あっという間に集団中に広がりうる。
では、今、最もぼくたちが知りたいCOVID-19はどうだろう。
「COVID-19のR0は1.4~2.5というのが、武漢のデータに基づくWHOの当初推定(1月23日)でした。その後、モデルや論文によって6.47という高い値が出たこともありますが、今はSARS程度かな、というところです。ただ、特徴として、分散がきわめて大きいんです。これは、西浦さんを含む、3つの研究チームが確認していて、この分散の大きさが、さっきも言いましたが大事な部分です」
再生産数Rというのは、概念としてシンプルで、また、理にもかなっているけれど、観察できる発症データからは直接見えない。では、どんなところに見られるかというと、直観的に分かりやすいのは、感染者が増えていくときのグラフだ。最近よく見るようになってきた感染者増加の片対数グラフなら、その傾きにRがあらわれていると考えてよい。
では、Rの分散が大きいというのは具体的にどういうことだろう。また、単に平均値としてのRを考えるのではなくて、その散らばり方まで気にすると何が分かるのか。順を追って説明してもらおう。
「まず、Rの数字って、1人の患者が何人に二次感染させるか平均を取ったものです。元のデータがあるなら、1人が何人に二次感染させたか、その人数の分布を考えることもできます。これがたとえばインフルエンザだと、二項分布、正規分布のベルカーブに近いかたちになります。最頻値と中央値、相加平均が一致して、それを中心になだらかに裾野がつながっていくようなものです。一方で、SARSは右裾を引いたべき分布に近い形でした。これは、ほんとどの人が他の人に感染させなかったり1人、2人にしかうつさないのに、裾野のところで、人数は少ないけれど、時々、たくさんの人にうつす人がいる、みたいなイメージです。少数の人がスーパー・スプレディング・イベントみたいなことを起こして全体としてのRを押し上げているので、平均値(相加平均)と最頻値が一致していません。Rが同じでも、かなり感染の仕方が違うわけです」
正規分布的なベルカーブ(日本のお寺の鐘ではなく欧州の教会にあるような口が広がっているもののイメージ)ではなく、0や1といった頻度が低いあたりにピークがあって、そこから先、急に頻度が小さくなってひたすら右に裾を引いていくような分布があるのは、つまり、SARSのようなスーパー・スプレディング・イベントを中心に感染が続いている場合かもしれない、というのである。
そして、COVID-19の場合にも、そういったことが起きているのではないかというのが、複数の研究者の分析で分かってきた。

接触する回数の分布とも重なる

「こういった違いはネットワーク論的にも説明できます。誰もが同じ確率で接触するランダムネットワークだと、接触数の分散が小さく、接触回数の分布を見ると、ベルカーブに近くなります。一方で、スーパー・スプレディング・イベントがあって、接触回数がべき分布になるようなネットワークは、いわゆるスケールフリー・ネットワーク です。これは、どの一部をとっても全体のネットワークの縮図になっているような形で、少数のハブだけが多くのリンクを持っているのが特徴です」
あらためて整理する。
まず、ランダムネットワークの場合、接触回数の頻度分布は、ベルカーブ状になる。この場合、頻度のピークがそのまま平均値でもあって、それがRだ。
一方、スケールフリー・ネットワークの場合は、0、1、2といった頻度の少ないところに接触回数のピークが来る、そこから先はガクンと頻度が落ちるものの、それでも時々、8回だとか10回だとか接触する人が出てきて、全体としての平均値を押し上げる。だから、Rとして出てくる平均の値と、頻度分布のピークがずれている。言い方をかえると、ほとんどの人はほとんど感染させないが(頻度分布の左側)、一部の人がたくさんの感染者を生み出す(頻度分布の右側の裾野)。
感染の仕方にこのような違いがあると、それはどんなことにつながっていくのだろうか。
「クラスター対策班の押谷仁教授(東北大学)の発言を聞いていると、押谷さんは、COVID-19もSARSと同じスケールフリー・ネットワークの感染をしているだろうと強調されています。でも、ここでは私見をいいますと、僕は2つの分布の混合分布じゃないかと思っているんですが」
中澤さんの私見については、別の回で詳しく解説することにして、ここではスケールフリーな感染の仕方についてさらに考える。そのようなCOVID-19の感染の特徴を裏付ける研究としては、北海道大学の西浦さんのチームによるものがある。
「Rの分散が大きいことを見出した西浦さんたちの論文(※1)では、多くの人がゼロとか1とか、ほとんど二次感染者を生んでいないのに一部の感染者だけ8人ですとか10人ですとか、たくさんの二次感染者を生んでいました。だから、スケールフリーな感染の特徴が出ています。さらに、西浦さんたちは、多くの二次感染が起こった状況、ハブになったような状況を特定しているんです。それは、クローズド、密閉された環境です。具体例としては、換気の悪い雪まつりのテントが挙げられています。そして、密閉された環境とそうでない環境を比べると、二次感染の起こりやすさが29.8倍(オッズ比)にもなったんです」
この発見が、のちに、密閉、密集、密接、の「3密」というクラスターの発生条件の特定につながっていく。なお、密閉された環境のリスクを割り出した部分の研究デザインは、いわゆる症例対照研究で、オッズ比が29.8というのはきわめて大きなものだ。慢性疾患ではまずみられないし、感染症疫学の世界でもなかなかみない。
COVID-19の感染の特徴が分かり、スーパー・スプレディング・イベントが起きやすい環境もある程度分かった。すると、この感染のハブになっているところを潰していけば、あとはあまり多くの感染者を再生産しない人たち(あるいはあまり感染者を生み出さない環境)が残るだけだ。そして、トータルでのRが1を切れば、感染を収束させられる目処が立つ。
これが、日本のクラスター対策の背景にあるアイデアだ。再生産数の多い感染者から始まった連鎖を断ち切り、また、スーパー・スプレディング・イベントが起こりやすい環境を特定することで新たなクラスターの発生を予防する2本立てのものだと中澤さんは見ている。これについてはまた別の回に詳しく検討する。
なお、西浦さんたちの論文は、現時点では、まだ査読が済んでいないプレプリントサーバでの公開のままだ。西浦さんたちがクラスター対策班での活動を本格化する中、なかなか論文化できないのだと推察する。火急の発見報告の体なので、「密閉された空間」の定義が語られていないなど、不十分なところもあり、いずれきちんとまとまったものを見たい。
「この研究は、世界中の感染症疫学の教科書に載るものになるかもしれない」と中澤さんが言う通り、ひらめきに満ちたものだからだ。

マイクロ飛沫による感染の可能性

では、こういったスーパー・スプレディング・イベントはどんな仕組みで起きるのだろうか。今、マイクロ飛沫感染(エアロゾル感染)という概念が提唱されているそうだ。
「もともとCOVID-19は、接触感染や飛沫感染が想定されていて、WHOなども、人との距離も2mの距離を開ければオーケイみたいなことを言ってきました。でも、どうやらそれだけではないかもしれないという話です。くしゃみやせきで出た飛沫はたかだか数メートル飛んで、すぐに落ちてしまいますが、もっと小さなマイクロ飛沫と呼ばれるものもあって、それはしばらく空気中を漂っているそうです」
感染症疫学の本を読むと、代表的な感染の仕方として、接触感染、飛沫感染、空気感染といったものが挙げられている。
飛沫感染は、咳やくしゃみなどで飛び散ったしぶきを介した感染のこと。インフルエンザも、かぜのコロナウイルスも、飛沫感染するとされる。
一方、空気感染(飛沫核感染)は、そのしぶきに含まれていた水分が蒸発して病原体がむき出しの状態(飛沫核)になっても活性を保っている場合に起きる。飛沫核は小さくて長い時間、空気中に滞留しやすいので、まさに空気を吸い込むことで感染する。麻しんは空気感染するので、あっというまに集団中に広がることが知られている。
そして、マイクロ飛沫による感染は、その間のカテゴリーだ。飛沫よりは長く滞留するけれど、飛沫核よりは滞留時間が短い。あるいは、ウイルス自体、飛沫核になってしまうと失活するけれど、マイクロ飛沫の状態ではまだ活性がある。そういった条件の中で、飛沫感染以上、空気感染未満の感染力を示すのではないか、という話だ。
「マイクロ飛沫を可視化する試みがあって、NHKが特殊カメラで捉えてサイトで公開しています。咳やくしゃみだけでなく、しゃべっただけでも空気中に出て、換気が悪いと20分たっても空気中に漂っているそうです。そこに含まれているウイルス粒子が、本当に失活しないのかというのは別の問題なんですけど、最近、いろんな研究でCOVID-19のウイルスが、様々な環境で長いこと活性を保つことが分かってきていますから、マイクロ飛沫の中でも間違いなく活性が保たれるでしょうね」(参考記事:「くしゃみで発生する“飛沫の雲”」)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/042100252/
空気感染というわけではないけれど、ある特定の環境下(いわゆる密閉、密集、密接、の「3密」のような)では、あたかも空気感染するかのような怖さがある。本当にこれがCOVID-19でどれだけ起きているのかは、今後、検証されるべきテーマだ。

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