2020/08/16【耐性菌】治療薬がない…コロナ禍のウラで「悪夢の細菌」が増殖していた! どんな抗菌薬も効かない

新型コロナウイルス感染症はウイルスによる感染症だが、実は細菌による感染症もいま私たちの社会に深刻なダメージを与えようとしている。
現存するどんな抗菌薬も効かないスーパー薬剤耐性菌が発生し、世界的にじわじわ広がっているのだ。また、日本国内では、ここ数年、細菌感染症の治療に使う基礎的な抗菌薬が不足し、医療現場が混乱するという事態がたびたび起こっている。
スーパー耐性菌の発生は抗菌薬の使い過ぎが原因。一方、国内における抗菌薬の供給不安は、中国への原料依存が原因だが、いずれも「医療現場に治療薬がない」という危機的状況をもたらす由々しきことだ。
猛威を振るう感染症を前にして治療薬がない――。それがどれほど社会を痛めつけるか。
私たちはいま、その「おぞましき世界」を新型コロナウイルス感染症で嫌というほど味わっている。それに加えスーパー耐性菌の拡大、基礎的抗菌薬の供給不安が今以上に進行すれば、社会的ダメージはさらに深刻化する。
解決に向け早急に手を打つべきだ。感染症は蔓延してからでは遅い。それが新型コロナの教訓でもあるはずだ。
がんの死亡者数を上回る可能性も
抗菌薬が効かない薬剤耐性菌(AMR)の拡大については、専門家たちが以前から警鐘を鳴らしていた。
英国の研究レポートによると、薬剤耐性菌での死亡者数は現在年間70万人だが、何も手を打たなければ2050年には1000万人に膨れ上がり、がんの死亡者数(推計820万人)を上回るという。
また、日本の調査では、国内で毎年8000人以上が死亡しており、発生から半年が経過した新型コロナでの死亡者数(7月8日時点980人)を数倍上回っている。
結核や肺炎など細菌感染症を叩く抗菌薬は、適切な時に、適切な量を使えば効果が高い。しかし、どんな抗菌薬も長期間使うと、その薬の効果を削ぐ薬剤耐性菌が発生する。
製薬企業の抗菌薬開発は「新薬を出す」→「耐性菌発生」→「新薬を出す」→「耐性菌発生」の繰り返しで、「いたちごっこ」と言われる。その中で、耐性菌は種類、強度を増していった。
まったく効かないのに風邪などウイルス感染症の患者に投与したり、診断がはっきりしないまま医師が「念のため」に投与したり、どんな疾患にも“効果抜群”と思い込んだ患者が「抗生物質(抗菌薬)をください」と医師に要請したりするケースも多い。そういう誤った投与が耐性菌を増やしていった面もある。
また、抗菌薬は肥満を誘発するのでブタ、ウシ、ニワトリなど家畜を太らせるために大量投与し、そこで発生した耐性菌が食肉を通じてヒトに移っていったとされる。
80年代以降、製薬企業は抗菌薬から徐々に手を引いていった。生活習慣病、がんなど、より長期安定的に高収益を得られる分野に研究開発の軸足を移したのだ。
それを幸いと薬剤耐性菌は種類、強度を増すばかり。そして、いまどんな抗菌薬も効かないスーパー耐性菌が登場した。スーパーというよりむしろ現代のモンスターと言った方がいいかもしれない。米疾病対策センター(CDC)はこれを「悪夢の細菌(Nightmare bacteria)」と称し、警告を発している。
2015年5月、世界保健機構(WHO)は薬剤耐性菌を抑制するための行動計画を採択した。日本の厚労省も取り組みを強化している。現存する抗菌薬ごとに投与する患者を厳選し、適正な時に適正量使うことで、耐性菌の発生を防ぎ、薬の効果を温存するのが基本だ。
ついに世界の製薬企業も動いた
新しい抗菌薬が出ればいいのだが、最近はほとんど出てない。この分野に力を注ぐ製薬企業が少ないからだ。
開発に膨大な費用がかかる一方で、成功するとは限らない。かりに新薬開発に成功しても、いざという時に効力を失わないよう投与機会が厳しく絞り込まれるので使用量は大きく増えない。また、ある程度普及すると間違いなく耐性菌が出てくる。そのため、研究開発投資の回収が困難で、次のチャレンジにつながらない。
最近、米国のバイオベンチャー2社が数100億円を投じて新しい抗菌薬の開発にみごと成功、承認を得た。しかし、19年、いよいよ収益を得る段階で、相次いで倒産した。開発時の借金を返せなかったのだ。
いまや抗菌薬の開発は「持続的な成長」を基盤とする製薬企業の収益事業には向かない分野となっている。
とはいえ製薬企業も「社会的責任」は十分認識している。
7月9日、世界の大手製薬企業23社が10億ドル(約1050億円)と投じてファンド(基金)を創設、薬剤耐性菌を迎え撃つ新たな抗菌薬の臨床研究を支援することになった。1社では難しいので複数社で挑もうという前向きな取り組みだ。
製薬業界としては過去最大のプロジェクトで、日本からもエーザイ、塩野義製薬、第一三共、武田薬品工業、中外製薬が参加。今後10年間で革新的な抗菌薬2~4品目を世に出すことを目指す。
製薬業界はこのファンド設立を機に、薬剤耐性菌に立ち向かう新たな産官学連携体制の構築を各方面に働きかけていく考えだ。
国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院の大曲貴夫氏(国際感染症センター長 、国際診療部部長)が言う。
「薬剤耐性菌による感染症については脅威である。しかし耐性菌は既に特定され、耐性の機序も明確。事前に対処が可能だ」
薬剤耐性菌への対応は、いまからでも遅くはないというメッセージである。この呼びかけを生かすも殺すも「新しい生活様式」を作る私たち次第とも言える。
危うい中国一国依存…対策は?
一方、国内ではここ数年、医療機関での使用頻度の高い注射用の抗菌薬が突如、品薄状態に陥るケースが相次いでいる。
19年3月、薬剤耐性菌の治療や外科手術前に傷口感染の予防に使うセファゾリンという抗菌薬の供給が完全にストップし、医療機関が大混乱に陥った。そのほかの抗菌薬でもたびたび供給不安が起きている。
抗菌薬の製造過程は簡略化すると「原料」→「原薬」→「製剤」となるが、医療現場で使用頻度の高いトップ10の抗菌薬は「原料」や「原薬」の調達の多くを中国に依存している。
かつて日本企業も国内で生産していたようだが、新たな抗菌薬の研究開発から撤退、コスト効率を高める中で中国依存度が高まり、いまや日本では生産できる企業はないという。
そのため調達先の中国で、事故・災害、環境規制強化、品質問題などが起きると、連鎖的に日本の抗菌薬が供給不安に陥るのである。
こうした状況に感染症関連4学会が「これは医療の問題を超えて、安全保障上の問題だ」と危機感を表明、厚労省に安定供給に向けた体制を整備するよう求めた。
厚労省は今年に入って産学の専門家を集めた会議を開催。「原料」「原薬」の国内生産を含めた具体策の検討を開始した。
また、「海外依存度の高い原薬・原料を国内製造する製薬企業を支援する」との名目で20年度の補正予算で30億円が計上された。しかし、原料・原薬から製剤まで一貫した生産体制を整える費用は150~300億円とされ、この予算だけではとても足りない。
厚労省の専門家会議では1社ではなく官民共同で工場を建設するコンソーシアム方式での対応などが案として挙がっている。いずれの国であれ抗菌薬の原料、原薬を海外の一国に頼り切るのはまずいだろう。
折しも米中関係が急速に冷え込んでいる。今後、日本がどんなとばっちり受けるかわからない。抗菌薬の安定供給に向け、どんな体制を構築するか。コロナ対策と並行してさらに知恵を絞る必要がある。
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