【ノロウイルス】ノロウイルスは感染前に粒子の形を変化させることを発見―ノロウイルスの感染メカニズムの解明に大きく前進 新規治療薬・ワクチンの開発に期待―

自然科学研究機構生理学研究所
学校法人北里研究所
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
自然科学研究機構生理学研究所の村田和義准教授、ソン・チホン特任助教は、北里大学の片山和彦教授らの共同研究グループとともに、ノロウイルスが2通りの構造をもち、その構造を切り替えることによって細胞に感染できるようになることを発見しました。この研究成果は、ノロウイルスの感染メカニズムの解明に大きく貢献し、ノロウイルスに対する治療薬やワクチンの開発を大きく加速すると期待されます。本研究結果は、米国医学雑誌PLOS Pathogens(日本時間2020年7月3日午前3時解禁)にオンライン掲載されます。
背景
ノロウイルスは世界中で流行しているウイルス性急性胃腸炎の主要な原因ウイルスで、現在でも発展途上国を中心に毎年約20万人がノロウイルス感染で命を落としています。日本国内においても、学校、飲食店、病院、養護ならびに介護施設などで度々集団感染を引き起こし、大きな社会問題となっています。しかし、ノロウイルスを培養できる細胞は非常に限られており、ウイルスそのものに関する構造学的な知見も少ないため、未だノロウイルス感染症への効率的な治療法はなく、ワクチンも存在しません。この様な状況の中、同研究グループは低温電子顕微鏡※1という装置を用いて、ノロウイルス粒子の構造を詳細に調べました。ノロウイルスの感染の仕組みの解明や治療薬およびワクチンの開発のためには、ウイルス粒子の構造情報がとても重要であるからです。
これまでノロウイルスは、その種類や系統によって粒子の表面構造に2種類のタイプが存在することが知られていました(図1)。内側の殻と外側の殻の間に隙間がないもの(Aタイプ)とあるもの(Bタイプ)です。例えば、ヒトのノロウイルスのGI.1株と呼ばれる粒子はBタイプを示しますが、GII.10株ではAタイプの殻の構造を示します。そして、マウスのノロウイルスのGV.1株は、以前の報告からBタイプとされてきました。ところが今回、我々が低温電子顕微鏡を用いてこのGV.1株の構造を調べたところ、なぜかAタイプの殻の構造を示しました。このことから「ノロウイルスは2つの構造を持ち、これを切り替えることができるのではないだろうか」と考えました。そこで同研究グループはさらに研究を進めて「どのようにしてこの2つの構造が切り替わるのか?」「ノロウイルスはなぜ2つの構造を必要とするのか?」について、その一端を明らかにしました。
研究成果
ノロウイルスの低温電子顕微鏡による構造解析の結果、マウスのノロウイルスにおいて、同一種で異なる2つの粒子構造が存在することを発見しました(図2上)。そしてこの2つの構造は、溶液のpHとカルシウムなどの金属イオン※2の濃度を変えることによって切り替わることを見出しました。マウスノロウイルスは酸性条件下で金属イオンを加えるとAタイプを示し、アルカリ性条件にして、薬剤で金属イオンを取り除くとBタイプになりました。またこれらの構造の変化は、外側の殻を構成するタンパク質でできた突起が回転して縮み突起の上部で隣と結合するとAタイプに、逆方向に回転して伸び突起の下部で隣と結合するとBタイプになることもわかりました(図2中央)。
では、ノロウイルスはなぜこのような2つの構造をもっているのでしょうか?それぞれの構造タイプにしたノロウイルスを細胞に感染させたところ、Bタイプは、Aタイプに比べて4時間程度遅れて増殖することがわかりました(図2下)。また、別の実験からBタイプはAタイプに比べて細胞の表面に吸着しにくいこともわかりました。さらに、これら2つの構造はヒトのノロウイルス(GII.3株)の擬似粒子(ウイルス様中空粒子※3)においても確認することができました。これらの結果から、ノロウイルスはBタイプでは細胞に感染せず、Aタイプに変化してから感染すると考えられ、つまり、ノロウイルスは感染型(Aタイプ)と非感染型(Bタイプ)の2つの構造を切り替えていると考えられました。
本研究により、ノロウイルスは感染型(Aタイプ)と非感染型(Bタイプ)の2つの構造を持ち、BタイプからAタイプに構造を変化させて標的である小腸の細胞に感染することが示唆されました(図3)。では、なぜノロウイルスは2つの構造を必要とするのでしょうか?その答えはまだ明らかになっていませんが、一つは動物が持つ免疫システムを回避するためではないかと考えられます。
ヒトを含む動物は、ウイルスに感染しないようにするための独自の免疫システムを持っています。これは「ウイルスの構造を認識して、これに対する抗体を分泌しウイルスを封じ込める」というものです。ノロウイルスは動物の口から侵入し、消化されずに胃を通り越して、小腸の細胞に感染します。そこで通常はBタイプの構造でこの免疫システムを欺いて目的の小腸の細胞に近づき、最後にAタイプに変身して感染するのではないかと考えられます(図3)。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「下痢症ウイルスの病原性発現機構の解明及び新規治療薬・ワクチン等の開発に向けた研究」ならび創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」、日本学術振興会科学研究費、生理研共同研究の支援を受けて行われました。
用語解説
※1 低温電子顕微鏡
試料を急速凍結し、氷の中に閉じ込めた状態で、電子顕微鏡で観察する方法。生きた状態に近い試料の様子が観察できる。
※2 金属イオン
金属原子が電子を放出した状態。金属は金属イオンの状態で水に溶けることができる。
※3 ウイルス様中空粒子
ウイルスタンパク質からウイルス粒子を試験管の中で作製したもの。ウイルスと同じ形を持つが、遺伝子を含まないため感染性がなく、ワクチンなどとして用いられる。一般にはVLP(Viris Like Particles)と呼ばれる。
今回の発見
ノロウイルスは2通りの構造を持ち、これを切り替えることができることを発見しました。
ノロウイルスはこの構造変化によって小腸の細胞に感染できるようになることが示唆されました。
この構造変化のメカニズムを利用した治療薬・ワクチンの開発への応用が期待されます。
この研究の社会的意義
今回の研究により、マウスのノロウイルスの構造変化と感染のメカニズムの一端を明らかにすることができました。ヒトのノロウイルスでは、2つの構造を同じ株(GII.3株)の中で初めて確認することができましたが、まだどのように2つの構造が切り替わるかはわかっていません。しかし、ヒトのノロウイルスでも同様のメカニズムが用いられていると想像されます。今後さらに研究を進めることで、ヒトのノロウイルスについてもその構造変化と感染メカニズムが明らかになり、治療薬やワクチンの開発へとつなげて行けると期待されます。
https://www.amed.go.jp/news/release_20200703-01.html

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